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深夜特急に乗り遅れたので、LCCに飛び乗って韓国はソウルへ~1日目~

 

労働者になってしまい、週末にしか遠くに出かけることができなくなってしまった。円環の理のような現実をとにかくにも逃避すべく、金曜日に模範的労働者の権利であるところの有休休暇の取得を行使し、脱兎のようなスピードで19時成田発のイースタージェットに乗り込んだ。目的地は韓国の首都ソウルである。

 

ソウル。かっこいい名前だ。スタイリッシュな生活が営まれているに違いない。韓国は地理的にはとても近く、ニュースやらなんやらで見聞きする機会も多い割には、多くの男性にとってはあまり出かける機会のないところである。ちなみに、今回の旅行は大学の友人との三人旅で、友人の二人は一日遅れて土曜日に韓国に到着することになっている。男三人でエステに行くわけにも、化粧品を買いあさるわけにもいかない。一体何をするんだろうという疑問だけを抱え、ソウルに降り立った。

 

到着すると時間はすでに22時。とっとと宿にチェックインしてできるだけ早く寝たいという情動だけが醸されていく。速やかに入国手続きを済ますべく足早にイミグレーションへと向かったところ、前方100メートル、不穏な人ごみを観測する。そうイミグレーションはなんと1時間待ちだったのである。

 

仕方ないので最後尾に並ぶ。空港名物並ばない中国人にも見舞われて、入国手続きが終わるころには時間は23時10分であった。そもそもこれ、終電とか大丈夫なのかという疑問が頭をよぎる。最高にかっこいいインチョン国際空港をあまり楽しむこともできずに駆け抜ける。

 

 

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今思い返してもインチョン空港はほんとうにかっこいい。シルバーが燦然と輝いている。空間の設計が未来だなあ。成田もこれくらいかっこよければいいのに。

 

KTXという鉄道に乗り市内へと向かう。持ってきていた「人間・この劇的なるもの」も読み終わってしまって手持無沙汰になったのでぼうっと周りを見渡してみる。ここが日本と言われてもほとんど違和感のない光景である。韓国人の若者のファッションはおしゃれだ。しかし、類型的もである。男性はみんなスニーカーをはいていて、側頭部を刈りあげている。真っ白い陶器のような肌と鮮やかにな色をした口紅。女性の化粧はもはや様式美としてひとつの歴史的な達成なのではないかと思わせる。

 

0時15分に宿のあるホンデという地区の上水駅に到着する。ホームに降り立つと、コートを着ていてもかなり寒い。2月の韓国は強烈だ。氷点下なのかもしれない。上水駅周辺は、なんでも芸大が近くにあるらしく、若者とカルチャーの街ということで有名らしい。確かに酒を飲んで陽気になった大学生がそこら中を歩いている。予約していたmamas&papasというゲストハウスを目指す。空港のWi-Fiで撮った、たった一枚のグーグルマップスクリーンショットを頼りに…

 

 

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すぐに自分の地理把握能力を明らかに過信していたことが判明する。見事に道に迷い、駅から徒歩10分のはずが30分歩き回っても目的地らしきところにはたどり着かない。どうしたものか。コンビニの前でスマホをいじっているライダースジャケットを着たショートカットの若いお姉さんに話しかけてみる。

 

「ここに行きたいんだけど知ってる?」

「うーん、ちょっと待ってね、これ持ってて」と言って持っていたコーラを手渡してくる。スマホのアプリで検索してくれているようである。

「どこか分かったよ、ついてきて」と言って私の前をつかつかと歩きだす。それにしてもホンデの夜は荒れている。道には飲みかけの酒瓶やら謎の紙類が散乱していた。

 

お姉さんは21歳の大学生で、教育について学んでいるらしい。ペラペラと英語なのかどうかすら危うい、崩壊しかかった言葉でいろいろなことを話してくれる。お姉さんの会話の9割を理解することができずに、私はささやかながらあいまい日本人スマイルを浮かべておくことにした。

 

 「ここでしょ?ついたよ。そのコーラはあげるね」と言ってお姉さんは夜の街へと去っていった。知らないお姉さんの飲みかけのコーラだけが手元にのこった。目の前のビルの5階がMamas&Papasというゲストハウスらしい。

 

 

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エレベーターで上っていく。小さな受付ロビーのようなところについたものの、すでにメインの照明は消えて薄暗くなっていた。それもそうだろう。もう1時である。困っていると、ソファに座っていた女の子ふたりが近づいてきた。卒業旅行で日本からやってきた女子大生らしい。

「ああ、日本人なんですね。どこでチェックインしたらいいんですか?」と聞くと

「え~わかんね。とりあえず、寝ゲロよんでくるんじゃね??」と言って奥の暗がりへ消えていった。

寝ゲロとはいったい…という疑問が頭をもたげる。どんな飲んだくれが現れるのだろうか。屈強なポパイのような男にちがいない。なんだったら酔いにかまけて殴られるかもしれない。

 

一分ほどして現れてのは、細身の若い女性であった。この女性がほんとに寝ゲロしたのだろうか…どこからどう見ても寝ゲロをしなさそうなタイプである。女子大生たちが無邪気に無根拠にひどいあだ名をつけただけなのだろうか。真相をしるすべはどこにもない。

 

速攻でチェックインを済ませ、すでに消灯されている部屋に入る。ゲストハウスにありがちな6人部屋である。起きてからシャワーを浴びることにして、荷物を降ろしてコートを脱ぎ、そのまま固く寝心地の悪いベッドにもぐりこむ。のどが渇いた、しかし、そばにあるのは見ず知らずの人が飲みかけで残していったコーラだけである。「人間・この劇的なるもの」の一説が頭をよぎる。「私たちは私たちの生活の主たりえない。現実はままならぬということだ」

 

好きな人とキスしようとすればいらくさが太ももに刺さるし、親の死去に際し静かに喪を尽くそうと思えば、親戚のおばさんが棺の横で泣きわめいていたりする。寝る間際、のどを潤す水はなく、あるのは飲みかけのコーラなのである。せめて何事もなく明日、友人と出会えることを祈り、長い金曜日は終了した。