今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何かについて考察するブログ

わせべんは死んだ。

文京区はなかなか住みやすいところである。盛り場のようなところもなく、広く閑静な住宅街が広がっている。退屈といえば退屈だが、交通の便もよく落ち着いた街だ。道を歩けば、ラルフローレンに身を包んだ小学生。文京区民性を端的に表しているとは思いませんか。

 

3連休を持て余し、昼過ぎまで惰眠をむさぼって、いいかげん腹が減ってきたので、ユニクロに身を包み、ごはんを求め家を出た。自転車をこぎ、文京区を抜けて新宿区へ。文京区的な退屈さを撲滅すべく、刺激物を食べたかった。そうだ、わせべんだ。

 

わせべんというのは、早稲田の弁当屋という店の略称で、早大生から広く?愛されている弁当屋である。数あるメニューの中でも、油でギトギトなナスカラという弁当が私は大好きであった。

 

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白米の上に炒められた茄子がのり、その上にから揚げが乗っているだけの簡素な弁当である。しかし、これがなぞの中毒性を持っているのである。大学2年生の時にこの弁当を食べて以来、何度食べたかわからない。

 

一度味を覚えてしまうと、それはもうラーメンがごとき中毒性である。久しぶりに食べれると喜び勇んで、いつものようにナスカラマシを頼む。マシとはから揚げが増大されるオプションである。ほかほかの弁当箱を手渡され、近くの公園に向かう。

 

早く食べたいという思いだけが募っていく。いそいでベンチに座り、弁当箱を開く。何かがおかしい。いや、その異変に私は前から気が付いていたのに、気が付かないふりをしていたのかもしれない。そう、から揚げがペラペラなのである。

 

ペラペラなから揚げ。これは、ほぼ衣であることを意味する。茄子とから揚げの弁当ではなかったのか。これでは、茄子と衣弁当である。以前に購入した時もから揚げが薄くなっているなと思ったのだが、偶然なのかもしれないと自分を納得させていた。しかし、今回で明らかになった。わたしたちの愛したわせべんはから揚げの量を削減したのである!!!!!

 

しかたなく、この茄子衣弁当を食べる。以前であればギトギトの油と厚みのある鶏肉がよいかんじのバランスで組み合わさっていた。が、しかし、この茄子衣弁当はただの油ギトギトで不快感すら感じさせる何かであった。

 

なぜ、こうなってしまったのか。慢心、環境の違い…はたまた、安倍晋三増税政策…

 

愛していたが故に言わねばならない。わせべんは死んだ。

 

エルムが閉店した。思い出の味が一つなくなった。そして今日、また思い出の味が一つ無くなってしまった。卒業したのに大学の周りでうろちょろしてるんじゃないぞという早稲田という街からのメッセージなのかもしれない。家路を自転車で駆け抜けた。