今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何かについて考察するブログ

沈んだ街の痕跡を見に宮ケ瀬ダムへいってきた

友人とシェアしている40万円のぼろぼろのベンツはレインボーブリッジを渡った。


「いやあ、東京はきれいだね、やっぱり東京が一番ですよ」


摩天楼がそびえたつ景色を車窓から眺めながら先輩はひとりごちた。しばらくすると、マリンタワーが見えてきた。


「お、マリンタワー、昔行ったなあ、ちょっと前まで改装してたんだよねたしか。そうだったよね、きくちくん」


答えを待たずに先輩はしゃべりだした。


「ベンツ。ベンツといえば昔乗ってたことがあってね、ブレーキがよく効くんだよね。そこがいいんだよ、きゅっとね、きゅっととまるんだよ、わかる山田」


「ぼくはまだ教習所通っているところなんで、わからないです」


先輩は大学の研究者でありながら、格闘家のような風貌をしていた。たくましい骨格にヤンキーのような花柄のシャツをかぶせているのである。格闘家の先輩は非常によくしゃべる人であった。何かが目に留まれば、何かをしゃべらずにはいられないお茶目なところがあった。話の脈絡もなく、自分の好きなタイミングで自分の好きなことをしゃべるのである。車内は先輩の独壇場であった。


「山田はまだ免許をもってないのか、ベンツはいいぞ、きゅっととまるからね。あれで何度人をひかずにすんだことか。トヨタだったらだめだね。やっぱりベンツですよ」


後部座席でホッホッホと笑い声が聞こえた。


「オネットは免許もってるの」先輩がはなしをふると、いつものように時が少しとまりオネットが返事をした。


「もってないですね、必要ないので」


文学が好きなオネットは、最近、朴訥としたしゃべり方と武骨なたたずまいによって、文豪オーラを放つようになっていた。


「そうか、まあおまえはそうだろうな」


先輩は何かに納得した様子だった。


僕たちは、神奈川県は宮ケ瀬ダムに向かっていた。宮ケ瀬ダムは、1971年に工事に着工し、2000年に竣工、相模原の少し西くらいの位置するダムである。Wikipediaによると、関東屈指の大きさを誇り、周辺地域の治水に活躍しているらしい。


暑い暑い、今夏、宮ケ瀬ダムが干上がってきているというニュースがツイッターをにぎわしていた。なんと、沈んだ街の一部が見えてきているというのである。

宮ケ瀬ダム、貯水率64%に 湖底に旧道出現 神奈川 (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース


これは、見に行ってみるしかないのではないかということで、車は勇んで出発したのである。


最近、仕事はどうなのと教師をしているのオネットに聞いてみた。


「クラスによるんですけど、ひどいクラスは本当にひどいですね。テストをやらせても、問題文を少し読んだだけで、考えるのをやめて寝てしまうのです。授業中も、休憩時間とかわらない勢いで話し続けるやつとかいますからね」


「ふーん、まあ、僕も授業まったく聞いてなかったから、何も言えないね……」


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鬱蒼とした森を抜け、ハンドルを切って信号を曲がりしばらくすると、視界が開け、ダムのようなものが見えてきた。


「そこ右ね」


格闘家の先輩はつぶやいた。


「塾で働いている中西さんが、勉強しろという言葉が全く届かない学生のことを”神の領域”と呼んでいました。どんな言葉も彼らには届かないので、ほんとうに、別の位相の出来事のようです」


「神の領域……教師って大変なんだなあ」


9割のテストがクラスビリだった高校生活を思いだし、自分もまた、神の領域の住人であったことをしみじみと振り返った。いまもまだ神の領域にいるのかもしれない。


「おい、きくち、信号変わったぞ」


「わかってますよ!」


格闘家の先輩は、他人の運転がやたらと気になるタイプの人なのであった。ダムに近づいてくると、車が側道にたくさん止まっていた。われわれも、車をわきに寄せ車を降りた。


ダムは、噂通り水かさがガクンと落ち、削り落とされた地表がむき出しになっていた。人間がダムを造ったのかと思うと、気も遠くなるような光景だった。竣工まで30年かかっているのだから、実際気の遠くなるような仕事だったのだろうと思う。


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僕がいやあすごいなあと感嘆していると、格闘家の先輩も興奮した様子で「これは、すごい、いやあ、すごい」と言いながらパシャパシャとiPhoneで写真を撮っていた。あいかわらず、お茶目であった。文豪オネットは無言でじーっとデジカメのモニターを覗いていた。


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急速な干上がりにも負けず、ダムに浅く残っている水は深い青で、断固としてここを出ていかないぞという矜持を感じさせた。水はいったんダムに流れ込んだら、どれくらいの間、ダムの中で滞留し、外へ出ていくのだろうか。


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道路や、標識、枯れた木々が水から顔を出していた。近代化の大きな流れのなかでしわ寄せがきた小さな町の痕跡がうっすらと残っていた。300戸がこのダムによって退去させられたらしい。青に浮かんだ人工物には寂寥感が漂っていた。


山田がGoogleマップを眺め、あっちの方向にもダムが伸びてるみたいなので行ってみましょうと4人を呼び寄せた。エンジンをかけると、古いベンツは発動機から濁音を響かせた。


つづくかもしれない