「運転するって言いましたよね」
「言ってない」
「いや、言ってましたよ……」
先輩の「俺が運転するよ」というLINEメッセージにうながされ家を出たはずが、気が付くと結局自分で運転することになっていた。シェアしているぼろぼろベンツは友人が使っていたので、レンタカー店でダイハツのムーヴを借りた。文京区を出発し、海ほたるへ向かった。
台風一過の海ほたるからの景色はとてもきれいだった。
わかった、ここからはおれが運転するよ、と先輩が言うので、車のカギを渡した。先輩もなんだかんだ言って、運転してくれるんだ、悪い人じゃないんだなあと感心した。おお、軽快な運転だなんて思っていると、先輩は突然怒声を上げた。
「なんだあの車は、突っ込んでやるぞ!!」
そう、先輩は車に乗ると感情のコントロールを失う人だったのである。怒声は次々と、矢のように飛んだ。
「なんだあの歩行者は、飛び出してくるな!!」
「なんだ、あの対向車は、もっと右に寄れるだろ!!」
感情が激しく乱れていく先輩の運転する車は、カーナビから幾度か急加速、急ハンドルへの注意を受け場ながら目的地、江川海岸にたどり着いた。日が暮れる少しまえ、15時30分頃であった。この海岸、電柱が海へと続いている不思議な場所なのである。
幻想的な光景であった。
波止場の先で海を見ている男女がいた。海の力だ!と思った。
海岸の近くは荒涼な土地が広がっていた。鳥居が大地のぽつんと立っていて、これまた不思議な後景であった。なんてわびしいんだ!
イヤホンで何かを聞きながらひとり歩くおじさん。夕焼けに何を思うのだろう。
先輩は荒れた土地を歩きながら、いやあ君はわるいやつだよ、ブログでおれのことをあんなに悪者扱いしてさ、とつぶやいていた。
驚くことに、太陽は毎日沈むのである。
幸あれ、むつましき人々!
海なき街、埼玉で育った。潮騒を聞くと、告白したくなるのか、告白するために、潮騒を聞きにいくのか、埼玉県民にはわからない。松本隆的表象が好きだったにも関わらず、男子校に閉じ込められ、海とそれにつらなる色々なものから隔絶され、僕の10代はあっという間に終わってしまったのだった、ベンベン!
帰りに、回転寿司 やまとへ行った。これがとてもうまい。家族連れで大いににぎわっていた。短気な先輩は20分待たされたことに少し怒っていた。2000円でおなかがいっぱいになった。
豪快に沈んでいく夕陽を見ながらひとり音楽を聞く原っぱがある、恋人と手をつなぐ海岸がある、安くてうまい寿司屋がある。木更津には街のすべてがあるのだ。
スーパー回転寿司 やまと 木更津店
0438-25-2269
千葉県木更津市中央3-9-8
https://tabelog.com/chiba/A1206/A120602/12000644/