前: 出上海、一路、枸杞島へ。船でお姉さんは絶句した、酒が必要だった 中国廃墟潜入編③ - 今夜はいやほい
「ついた!ついたぞ~!!」僕は4時間閉じ込められた閉鎖空間から解放された心地よさでいっぱいであった。
「じゃあ、市内のほうへ向かおうか」というと、加藤が「いや明日のチケットを買っといたほうがいいですね。チケット取れなくて帰れなくなると最悪なので」
確かにそれもそうだ、さすが加藤は旅慣れているな、と感心しつつ、枸杞島のチケット売り場へと向かった。加藤が、明天、上海、票!みたいな、原初的なコミュニケーションを試みる。
カウンターの若い女性は、わかりやすく 困惑し、紙何かを記した。漢字文化圏の我々は筆談によるぎりぎりのコミュニケーションが可能であった。明日のチケットは估计でなんとかかんとかという文字が記されていた
なんだこれは、どういうことだと4人で頭をそろえて解読を試みる。汁が枯れているのか?……わからない…カウンターの前で、汁が枯れている問題に4人で頭を悩ませていると、上司的な強面な女性がやってきた。彼女は我々に、全力の中国語で何かをしゃべり続けた。ほとんど怒鳴り声に近い覇気だったので、我々は困り果てた。強面な上司は、我々に漢字で何かを書いた。”ホテルで聞け”と書いてあるようであった。
仕方がないので、我々はチケット売り場を離れ船着き場へと戻った。乗客待ちをしていたタクシーが消え去っていた。
「あれタクシーは?まずいですね……」
山田がタバコに火をつけながら言った。
「ああ!ちょっとまって、もしかして、これ、明日、風の影響で、船がでないということなのでは!?!?枯れ汁は推計するって意味らしいです……」加藤は珍しく非常に焦っていた。
「え!明日帰れないってこと!?」僕は、労働者であったので、島から帰れなくなってしまうというのは非常にまずいことであった。
「そうですね、まだわかりませんが……どうしましょう… 明日帰れないと、そもそも僕たち金が尽きる心配がありますね…この島にATMがあればいいですが、下手したらないかもしれません…
「金がなくなったら……どうすればいいんだ!?いくら上海から4時間の小さな島でもATMくらいさすがにあるのでは!?日本大使館に電話か?」僕は非常に動揺した
「仕方ないのでとりあえず宿まで行きましょう」加藤もさすがに狼狽しているようであった。
「でも、タクシーいないよ、歩いて行ける距離なの?」
「いや厳しいですね…」
「まじかよ……」
「限界的状況ふたたびですね」
オネットは少し楽しそうだった。
我々は帰宅手段が消え去り、市内への交通手段も無くなり、挙句の果てには、資金繰りリスクが発生していた。港で立ち尽くした。強面上司に怒鳴られたのも地味に精神を疲れさせていた。しばらく呆然としていると、ぼろぼろのトラックが港へやってきた。
「もはやヒッチハイクしかないのでは?」本当に限界的な状況だなあと思った。
加藤は走っていき、交渉を始めた、しかし、トラックの運転手は、わけわからない外国人だなあと言った調子で取り合ってくれなかった。
「遠いんだよね…?」
「そうですね」
「うーむ」
「まあ、いっか」
「いや、やばいのでは?」
「いや、まあいいいのだ」
「うーむ」
「ホッホッホッ」
などと男4人で悲しみにさざめいていると、なんと気まぐれにタクシーがやってきたのだ。たすかった!歩かないですむ! タクシーはとにかくボロボロで四方に大きな傷が入っており、左前のライトのところなどは、表面の鉄板がボコっとめくれあがっていた。一体何回事故を起こしたのかわからない、暗黒のタクシーだったが背に腹は代えられないので乗車を決めた。
タクシー事故を起こすことなく20分ほどで、宿に到着した。思っていたより宿はちかいところにあった。
真っ青な宿であった。荷物を置き、すぐ嵊山島へと向かうことにした。タクシーは宿番のおばちゃんが用意してくれた。
タクシーは車線という概念を盛大に無視して、時には左、時には右を走りながら、軽快に島を駆け抜けていった。海からの風が車内に流れ込み、ようお前らよく来たなと言っているようであった。
橋をわたった。なぜか島に似合わない非常にリッパな船であった。ついに嵊山島に上陸した。
僕たちの目的地は嵊山島の廃村であった。かつては漁村として栄え2000人ほどの人が暮らしていたらしいのだが、今では、村は荒廃の一途をたどっているようであった。
タクシーは島の頂上近くまで上っていった。そこは大変な田舎だった。
タクシーから降り、とぼとぼと峠を超えると視界が一気に開けた。見下ろすすべてが無人の廃墟だった。ついた!ついについたのだ!!僕たちはにわかに沸き立ち、はやくいこうと、廃墟への道を威勢よく下っていった。
草は元気に生い茂っていた。デスクワーカーには恐ろしいほどの急こう配であった。道すがら韓国人の若者二人とすれ違った。きっとかれらも、同じようにネットの記事を見たりして、ここまでたどり着いて、同じようにSNSに写真を上げているんだろう。こんなところにまでワールドワイドウェブの力が及んでいるんだなあ。
15分ほどかけ下へとくだっていく。街の中心部まで降りてきた。薄雲やがかかっていて、廃墟ははかなさを漂わせていた。
天井が抜け落ちている
細い道をどんどん下っていく
港まで出た。
とても静かで波音が響いていた。
崩れ落ちていく村は幻想的だった。ひとびとの生活の痕跡が所々に残っていた。よく来たなあ。頑張ったなあと、我々はねぎらいあった。僕が、ここに来れたんだから、もう世の中の大体のところに行けるだろうなあと言うと、加藤は少しうれしそうであった。
疲れたなあと腕を上げ伸びをした。熱力学にエントロピー増大の法則というやつがある。熱が拡散するように、人は死ぬし、街も壊れる。こんなに必死に動き回っても、エントロピーの増大に寄与しているだけなのだなあ。巨視的に見ればとにかく圧倒的ダイナミズムで世界は拡散の一途をたどっているのだ。物事は大きな法則なのだ。
そんなかんじで、崩れた家を見てなんとなく世界の法則に思いをはせたり、なんでこんなところまで来てしまったんだろうというおかしさについて笑ってみたくなったり、そもそもこんなところに、行こうぜ、いいですよ、と二つ返事でのってくれる友人が何人かいるということにうれしくなったり、りした。中国の片隅の小さな小さな島の廃墟で僕はとにかくとてもいい気分になっていた。野良犬が二匹こっちを見て、なんだこいつらといった調子で、厳かにバウバウと吠えた。
つづくかもしれない