今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

復興の拠点、広野町。激走の歩道橋。ー福島浜通り彷徨編⑤

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広野町は夜だった。

 

21時頃だろうか。車は真っ暗な道を走っていた。スーパーで買いこんだ酒とつまみが後部座席に雑多に置かれていた。

 

「じゃあ、宴会の準備も整ったことですし、そろそろ、帰りますか?」と加藤が尋ねた。

 

「そうだね、そろそろ帰るかね」先輩は少し眠そうだった。研究者生活にとって、規則正しい生活というのは第一義的に肝要であるらしく、夜になると先輩はだいたい眠そうな顔をしていた。

 

「ちょっと、まって!!あの歩道橋なんかすごくない!?すごい光ってるよ!あれはすごい、すごいはずだ!」僕は後部座席から小学生のようなことを言った。

 

「いや、君はちょっとおかしいよ、寒いんだよ?わかる?2月の夜だからね?」先輩はとにかく帰りたそうな目をしていた。

 

「いや、あれはもしかするとすごいかもしれませんよ?」加藤も街中にある何でもないような建築物が好きな男であった。なかなか気が合うなと思った。

 

「そう? たしかに、そうだね、ちょっと行ってみようか」先輩は、加藤がすごいかもしれないと言ったとたんに気がかわったようだった。自らの発言力の低さに、びっくりしながら車を降りた。

 

歩道橋は真っ暗な町の中で煌煌と光っていた。

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まちの話題 広野駅西側と東側を結ぶ「未来のかけ橋」が完成(平成29年4月)

 

「思ったよりすごいな」先輩はパシャパシャと写真を撮っていた。

 

「いやあ、これはなかなか立派ですよ、広野駅周辺はきれいになりましたねえ」加藤もうれしいそうであった。

 

「上まで登ると結構遠くまで見えますね、いやあ、光ってるなあ」僕も買ったばかりのカメラで、パシャパシャと突発的に連写をした。

 

「ホッホッホッ」オネットは笑っていた。

 

はしゃぎどころが世間一般と少しだけずれている僕たちは、歩道橋に狂喜乱舞していた。

 

歩道橋を駆け上がっていく。

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上までのぼると、駅が見下ろせた。これが東京まで続いているんだなあ。常磐線はすごい、なんて力強い沿線なのだ。

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僕たちは、これはフォトジェニックスポットなのでは?とフォトジェニックをはき違えて歩道橋で記念撮影を始めた。

 

満足げな加藤。

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ひとしきり相互に記念撮影を終えると、加藤が感嘆の声を上げた。

 

「なんと、3分後に電車がきます」

 

「おおおおお」オネットは喜びを露わにした。

 

「それは見るしかない、なんていいタイミングなんだ」僕はにわかに精神が向上した。

 

「いやあ、今日はついているなあ、日頃の行いの良さだろうなあ」先輩はなにかを噛み締めている目をしていた。

 

加藤以外は鉄オタでもないのに、僕たちは歓喜に沸いた。

 

しかし、待てどもまてども、電車がやってこなかった。どうやら電車が止まってしまっていたらしい。そして、僕たちは重要なことに気がついた。歩道橋の上は劇的に寒いのである。2月の鉄風が僕たちに吹き付けていた。いったん駅舎に避難することにした。

 

 寒い、寒すぎると僕たちはかたかた震えた。駅舎の中は多少あったかくはあったが、やはり、当たり前のように寒かった。駅舎にも放射線の計測器がついており、静かな空間に赤々と0.1μSvという文字が浮かんでいた。

 

「だから、いったじゃないか、寒いぞって、歩道橋なんか見に来てる場合じゃなかったんだ」先輩は不服そうに言った。僕は心でなんていう変わり身の早さなんだと驚いたものの、口にはださず、いやあほんとに寒いですねえと相槌をうった。

 

そんなこんなでよもやま話をしていると、加藤が大声を上げた。

 

「電車が来ます!!」

 

電車は驚くほどに速いスピードでやってきて、もう走行音が聞こえてきていた。

 

「まずい、走れ!」だれかの号令で僕たちは走り出した。歩道橋の上を目指し全力で走った。なぜ、ここまで電車を見たかったのか今ではよくわからないのだが、とにかく全力で僕たちは走った。

 

「階段がやばい」

 

「歩道橋がでかすぎる、やばいもう電車が来てる」

 

「何で走ってるんですかね!?」僕は横を走る先輩に尋ねた。

 

「おれもわからない!」息も絶え絶えに先輩は答えた。

 

「間に合った!」僕たちはみな駅に入ってくる電車を眺めることができた。

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電車は、数十秒で次の駅へと去っていった。

 

「1年分は走ったな」僕は急に走ったせいで、息が苦しくなっていた。

 

「こんなに走ったのは久しぶりですね」加藤は勝ち誇ったように言った。

 

「なんだかよくわからないけど、楽しいな」沸騰的な感慨にひたりつつ、僕はとても楽しかった。いったい何歳まで僕たちは意味もなく電車を追いかけて走るのだろう。ずっと走っているような気もするし、タイムリミットはすぐそこにあるような気もする。

 

広野駅前をとぼとぼと車まで歩いた。静かな街に男たちに息切れだけが響いていた。

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泊まる予定だった宿に戻った。「予約してたものなんですけど……」オネットが受付カウンターのお兄さんに告げた。チェックインは一瞬で完了した。

 

カウンターのお兄さんが部屋まで案内してくれた。

 

「大変申し訳ございませんが、狭いお部屋となっております。問題ございませんか?」

 

「全然、大丈夫ですよ」僕たちはまあ、狭いと言っても6畳くらいはあるだろうと踏んでいた。

 

扉を開けると、宴会場がパーティションで区切られた空間が現れた。

 

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「震災後まもなくは復興作業とか、除染作業、廃炉作業に従事する人を受けいれる場所がなかったから、民宿が仮説住宅の代わりになっていて、ここから働きに出てた人がいたんでしょうね」加藤はそんなことを述べた。

 

調べてみると広野町の旅館は、作業員の人が利用する宿泊施設になっているようだった。

【復興の道標・復興バブル後-4】変貌する最前線の町 「パイの奪い合いに」:復興の道標:福島民友新聞社 みんゆうNet

 【3.11】町民より作業員の方が多い町の「生きる道」とは 福島県広野町

 

復興需要にこたえるためにこうなったのか、もともとこういう部屋だったのかは定かではないが、ここから多くの人が働きに出ていたのは事実なのだろう。泊まった宿は原発事故収束の対応が行われていた拠点Jヴィレッジのすぐそばだった。宿には今でも、復興作業に従事していると思われる男性の姿がちらほら見えた。

 

「この宿は福島第一原発から近いところにありますからね」この宿を予約したオネットは部屋をくるくると見まわし始めた。

 

「そうか、一日だけ泊まるとかならこれでも全然いいけど、ここにずっと泊まって、働きに出るというのはすごく大変だっただろうなあ」先輩は驚嘆していた。

 

パーティションで区切られてても、天井に近い部分はつながってるから生活音とか全部聞こえちゃいますもんね」僕は部屋で荷物を下ろして、布団に寝転がった。疲れた体に、固めの布団はなかなか心地がよかった。

 

風呂へ向かった。すこし熱めの温泉だった。冷えた体が見る見るうちにあったまっていった。やはり、旅行に温泉は必須だなあと思いながら湯舟で今日のいろいろなことを思い返していた。

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オネットの部屋に集まり、3畳宴会が始まった。平昌オリンピックのスキージャンプを見ながら、わいわいマッコリを飲んだ。

 

加藤は酒が強かった。もくもくと酒を飲んでいた。先輩は愛国心がやや強めだった。オリンピックに熱中していた。オネットは教師という職業について何事かをしゃべっていた。酒を飲んでいたので、詳細はほとんど覚えていない。

 

3畳で4人いるということはひとり1畳もないってことか…… なんて人口密度だ。しかしすごいジャンプだなあ。うんうん。いやあ、今日は一日長かった、いろいろなものを見たなあ。来てよかったなあと、そんなことをうつらうつら考えていた。疲れていたこともありすぐに酔った。ひじでマッコリを倒し、机をマッコリびたしにした。先輩が怒っている、あ~まずいと思いながら、気が付けば眠りに落ちていた。

 

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