今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

夜行列車は揺れる。いつだって一番おいしいのは真夜中のカップラーメン。 無座・硬座・軟座②

夜行列車に乗り込んだ。車内は驚きべき混雑状況であった。

 

屈強な中国人中年男性が、ユイガドクソン、我よ、我よ、先にと進もうとする。しかし、通路は詰まっていて、進める余地はほとんどない。そんな光景があちらこちらで発生し、どん詰まりとはまさにこのことだなあというような状況であった。しばらく入口の近くで立ち、人々の混雑が収まってきてから、席へと向かった。

 

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夜行列車というのは独特の旅情がある。沢木耕太郎の有名な旅行エッセイのタイトルも深夜特急である。素性の知れない人々と肩を並べ、がたごとがたごとと真っ暗闇の中国大陸を揺られていく。 起きたらどんな場所につくんだろう、なにがあるんだろう、そういうわくわくがある。飛行機や新幹線では速すぎる、やはりのんびりと鉄道なのである。

 

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席に着いた。目の前にはギターを抱えたバンドマン風の女性が座っていた。僕の隣には加藤が、通路を挟んで、田中と山田が座っていた。硬座なる、席種で夜行列車の予約をしていた。硬座は地獄であるというネットの記事を読んでいたので、いったいどんな席なのだろうか、それはまるで、刑務所的な木の板を組み合わせたかのような、武骨精神の極致的椅子なのではないだろうかという妄想が膨らんでいた。

 

加藤は「いやあ、きくちさん、硬座はきっと劣悪ですよ。まず、人間が寝れたようなものではないはずです」などと言って、僕の恐怖心をあおってきていた。

 

しかし、実際には硬座は、それなりにふかふかとした椅子であった。座った瞬間に、なんだこれなら全然いけるではないかと、慢心が去来した。これは完全かつ大いなる誤りであった。硬座のきつさというのは、椅子の柔らかさの問題ではなかったのである。僕はまだそのことにほとんど全く気が付いていなかったのだ……

 

列車はゆっくりと走り出していた。

 

「いやあ、すごい込み具合だね。あ、車両の連結部分に立っている人がたくさんいるねあれが、噂に聞くところの無座の人たちか……」

 

僕は席について落ち着くと、隣に座る加藤に話しかけた。

 

「あれで朝まで立っているわけですから信じられないですよね…」

 

「8時間くらいかかるわけでしょ?無座……恐ろしい境地だ……」

 

僕は、無座の人々に感嘆していた。無座すなわち、立ち乗りである。鈍行の夜行列車の立ち乗り。無座の境地。仏教的な含意さえ感じさせるワードである。

 

毛沢東の愛した魚なる宣伝文句にひかれて食べた武昌魚が全くおいしくなく、あまり食が進まなかったこともあり、僕たちは絶妙に腹が減っていた。駅で、僕は三人に静かに告げた。

 

「やっぱり、これはカップラーメンを食べてしまうというのがよいのではないかと思うんだよね」

 

「え、僕はいいですよ……」

 

心優しき青年田中は、たしかに、夜中にカップラーメンを食べなさそうなタイプであった。

 

「いや、でもあれだよ、これから中国の夜行列車、しかも硬座なるものに乗るわけだから、僕たちは、とりあえず、腹を満たして、積極的に眠りやすい体制を構築しておく必要があるのではないか、そういう風に思うんだよね」

 

論理的な雰囲気で、勢いだけがある話をした。

 

心優しき青年田中は「まあ、確かにそうですね」と言ってカップラーメンを手に取った。

 

「ということはだよ、カップラーメンがあるのであれば、これは、ビール、ビールを飲まないわけにもいかないんじゃないのか?」

 

僕は自問自答げに言った。

 

「そうですね!!!!なんて言ったってハルビンはビールの消費量世界一ですから、哈爾浜ビールを買っておけば間違いはありません!!」

 

加藤は、楽し気にそんなことを言って、ビールを片手にレジへと進んでいった。

 

 中国の夜行列車では、カップラーメンを食べるというのは結構メジャーな行為であるようだった。列車の連結部のところに、熱湯が出る蛇口が付いているのである。じょぼじょぼじょぼとカップラーメンに湯を注ぐ。蛇口の横にはごみ箱があり、そのごみ箱の横では、無座の民が折り重なるように寝ていた。もちろん連結部の床なんてきれいなはずがない。

 

人が寝ている。ごみ箱の横で…四人ほどの男たちが、体を重ねて…これれは最低限文化的生活のラインの下を行く行為なのではないか……と絶句しながら湯を注いだ。中国という国の強さよ!

 

トイレの前では薄っぺらいコートに身を包んだおじさんたちが、虚を見つめながら煙草を吸っている。中国では、まだ列車の中で煙草が吸えるのだなあ。慣れてしまえば大丈夫だけど、それなりの煙さは感じた。

 

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 席に着く。近くの青年が、イヤホンを特につけるでもなく何かのゲームをぴこぴこぴこぴこやっている。延々と、ピコピコしている。日本的な感覚だと、やめてくれ!という感じだが、まあ、結構諸外国では普通のことなのだろうなあと思う。

 

カップラーメンをこの人口密度の高い車内で食べるのは気が引けたが、郷に入っては郷に従え、ということで、じっと麺が湯を吸うのを待った。

 

目の前では、漢民族ではなさそうな老婆がすやすやと眠っていた。左斜め前の若者は、靴を脱ぎ、荷物棚の何かを探し回っていた。跳梁跋扈である。

 

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「もういいんじゃないか?」

 

僕はそう言って、カップのふたをめくりあげた。豊かな醤油っぽいにおいがばっと広がった。ゆっくりと湯気が立ち上がる。汁の面に薄く油が揺れている。つややかに怪しく輝く麺!!ふふ、これだ、人生の夜はカップラーメンと共にあるのだ。

 

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裏の席の若者たちがスマホでアニメを見始めた。やはり、イヤホンはさしていたない。「日常」か何かを見ているようだった。 中国の夜行列車で日本語が聞こえてくるのは滑稽な感じがした。夜行列車は相変わらずさわがしい。哈爾浜ビールのプルタブをひく。シュワーっとビールの泡立つ音が小さく響いた。

 

「最高ですね」

 

加藤は興奮ぎみに言った。

 

「最高だな……」

 

僕も浮足立った調子で、加藤に答えて、ひとおもいに麺をすすった。なんということもないカップラーメンだ。しかし、うまい、この上なくうまい… この一口ごとに、ただ一つ、口内の愉悦……

 

「ははっうまい、はっは」

 

僕はほとんど激情に任せて、ラーメンを食べた。ラーメンによって鼻腔は鼻水を生成し、体はほかほかと暖かくなっていった。ビールを飲んだ。ラーメンを麺をすすった。スープをすすった。そしてビールを飲んだ。

 

老婆はラーメンにも動じずひたすら眠っていた。スマホのピコピコは相変わらず電車内に響いていた。少し離れた席でも、カップラーメンが盛大に開帳されているのが見えた。深夜のカップラーメンがうまいのは万国共通なのだろう……世界はカップラーメンを前にして平和である。すこし薄味の哈爾浜ビールは一瞬で亡くなってしまった。