今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

真夜中、埼玉を探検する。中国文化広がる西川口のザムザムの泉、人種のるつぼ芝園団地、そして埼玉の海へ…

東京は夜の19時。仕事終わりの金曜日、友人たちと有楽町に集まった。

  


僕は時々、夜中に無性にどこかに出かけたくなるということがあった。発作的に思い立ち、友人と秩父山中の真っ暗なトンネルを歩きに行ったり、工場地帯をうろうろしたりりしている。日常からの解放という感じで、ストレス解消になるのだ。

 

最近、あまりどこにも行ってないなと思い、大学の後輩加藤にどこか行こうぜ!と声をかけた。すると、いいですね!と二つ返事で了解されたので、どこかに行くことになった。どこへ行くのかは不明であった。

 

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後輩加藤は他の追随を許すことのない極度の移動好きで、とにかく慢性的に移動し続けなくてはならない長距離移動症候群に疾患していたため、とりあえずどこかに行きたいときに声をかけると、二つ返事の了解が常であった。

 

彼がどれくらい移動しているかというと、目下、アジア圏であれば行ったことのない国はほとんどないというような状況であり、それどころかそれぞれの地域に20回ずつくらいは訪れていて、例えばまさか、樺太なんかは行ったことがないのでは?と疑義を持ってたずねてみれば、樺太は高校生の時に行きました、なつかしいですねえ、などと懐かしそうに目を細めるのである。

 

加藤は、オネットを引き連れてきた。オネットも大学の後輩だった。オネットは軍人のような風貌の男で、寡黙にして角刈り、ほっほっほっと笑う特徴があった。

 

有楽町のイトシアの地下のタイムズカーシェアーで車を借りて、どこへ行くのかも不明なままとりあえず車は出発した。車内はそこそこ広く快適だった。金曜の銀座は道がすいていた。きらびやかなビルの隙間を縫うようにして車は進んだ

 

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 本当は、もうひとり大学の先輩が乗り込んでくるはずだった。しかし、先輩は長幼の序を利用して後輩である我々の心理につけ込み、いいか、おれは巣鴨にいる、とにかく、有楽町にはいけないから、19時30分に巣鴨に来てくれと言いだしたのである。

 

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僕が「これはひどい……有楽町で車を借りて出発をすると言っていたのに……」とい嘆くと、「まあ、仕方ないですよ。とりあえず巣鴨まで行きますか」とハンドルをさばきながら加藤は言った。巣鴨の方向ということは、ここから北へ向かって走っていくことになるわけだし、とりあえず埼玉へ行くかという話になった。

 

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巣鴨に向かって車を走らせ、あと5分で巣鴨に着こうかというタイミングで、先輩からふたたびラインが来た。暗い車内で煌々とひかるスマホの画面に目を落とすと、そこには短く、「やっぱり20時に来て!」と書いてあった。僕たちは騒然とした。この混雑している巣鴨付近で車を止めて30分待てというのか……と。

 

これはひどいですね。こんなとこで車止めて30分も待てませんよ」

 

さっきまでは比較的穏当な態度を維持していた加藤もふつふつとと不満をため込んでいた。 

 

 「暴虐無人も極まってきましたねえ……」

 

オネットが少したのしそうに言った。

 

「どうしようか……」

 

 

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荒川を渡った。先輩は東京に残したまま…… こんなところで待っているのもあれだし、先輩には適当に埼玉に来てもらって合流してもらおうというのとにきまった。長幼の序はむなしくも簡単に崩壊した。無情である。車は夜の空気を割きながら西川口へと向かった。

 

西川口にはザムザムの泉という有名な店があった。近年、西川口は、中国人を中心として多くの外国人が住みこんでいるらしく、ちょっとしたチャイナタウンのようになっていると聞いていた。ザムザムの泉は、蘭州牛肉麺というラーメン的麺類を提供している店で、これがなかなかおいしいらしく、中国文化が好きな人たちの間で話題になっているらしいのだ。

 

ザムザムの泉 西川口

https://tabelog.com/saitama/A1102/A110201/11045460/

 

「ザムザムの泉はいいですよ」

 

笑みをこぼしながら加藤が言った。

 

高田馬場にある牛肉麺はまずかったんですよね。大丈夫かな……」

 

後部座席からオネットはかみしめるように言った。

 

埼玉に入ったとたん店の数が減り、あたりはとたんに暗くなったような気がした。

 

「東京の一等地で育ったオネット的には埼玉というのはどういう場所なの?」

 

僕が尋ねると、「良い、悪いというような感情はなくて、ただ何となくある場所、意識したことがない場所という感じですね」オネットはぼそぼそと言った。

 

玉出身の僕と加藤は、オネットの歯に衣着せぬぼそっとしゃべりに笑ってしまった。埼玉は純粋培養都民からすれば、意識にすらのぼらない場所なのであった。

 

「ダサイタマ!クサイタマ!」

 

オネットの発言にかぶせるようにして、カーステレオから、不穏なフレーズが流れてきた。「翔んで埼玉」のラジオCMであった。とんでもないCM流しているんだな……埼玉は基本的にはなにもなく、いかにもベッドタウン的な土地である。埼玉出身のぼくは、埼玉には自虐的方法でしか自らを肯定する手段ががないのだろうか……などとかりそめにかなしくなった。

 

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荒川を超えたあとはすぐ西川口に到着した。閑静な街であるとともに、そこかしこに中国文化の広がりが見うかがえた。

 

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自動販売機にはコカ・コーラが可口可乐と表記され、いたるところに中国語の看板があった。西川口の大きなスーパーであるところのザ・プライスに入れば、入口をはいったすぐそこに、ようこそお越しくださいました!的な調子で中華料理のフードコートがどどんと鎮座していた。


「すごい勢いで中国文化が広がっているんだなあ。まだどちらかと言えば日本よりではあるけど」

 

「きくちさん、まだ、ワンラオジーは売ってないみたいですね」

 

加藤は、ワンラオジーという中国の缶ジュースが好きでみつけるとよく飲んでいた。午後の紅茶的のような味がする飲み物だ。

 

「いまは、まだ商品も日本製が多いけど、どんどんワンラオジーのようなものが増えていくんだろうね。実際売り出したら売れそうだもんね。」

 

横浜のような観光地的チャイナタウンとはちがい、西川口は、生活の場の延長としてのチャイナタウンになっているようだった。なるほどなあ、埼玉も変わっていくのだなあと思いながらザ・プライスを出ると「あ!?お前なんなんだよ!?あ!?!?」と日本人の中年の夫婦が老人を怒鳴りつけていた。静かな歩道に怒鳴り声は寂しく響いた。僕たちは、巻き込まれないように目を合わせないよう、NINJAのごとくそそくさと駐車場へと向かった。

 

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ザムザムの泉はザ・プライスのすぐそばだった。ひっそりとした店構えで、ぼーっとしていると見過ごしてしまいそうな場所にあった。

 

「これはなんだかうまそうな店構えということができるのではないか?」などと朦朧としたことを言いながら僕はドアを開けた。

 

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店内はものが少なくすっきりとしていて、暖かい空気がぼわっと広がっていた。店内にはすでに客が何人かいて、席を詰めてくれた。牛肉麺の種類は基本的に1種類であるらしかった。ただ、麺の太さを選べて、ほうとうを思わせる太麺から、蕎麦のような細麺までメニューに載っていた。とりあえず、おすすめらしい中くらいの太さの麺を注文した。

 

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オーダーをすると、職人気質な風情を漂わせたおっちゃんが、目の前で麺の生成を始める。

 

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どすどすとたたいて、ころころころころと生地をのばしていく。方法これが中国式か…などとみていると、パーっと華麗に麺をひき伸ばしていく。その手際の良さたるやなかなかのもので、スライムでも伸ばしているかのようにパーっと麺が伸びていくのである!

 

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10分ほど待つと、牛肉麺が完成した。葉にんにくとパクチーと牛肉と大根が浮いている。柔らかいにおいがたちのぼってくる。

 

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ネギかと誤解していたのですが、蘭州牛肉麺には葉にんにくが入っていると、ザムザムの泉さんから教えていただきました。謹んで訂正いたします。

 

 

 

「うまそうだな……いいにおいだ。」

 

僕はつぶやいた。

 

「いやこれね、うまいんですよ…!」

 

加藤は待ちきれんなあ、というような気勢であった。

 

ずずずずっとスープをひきこみながら麺をすすった。スープは滋味深い味がした。ぱっと眼鏡が曇った。牛肉ベースのだしに、葉にんにくとパクチーの香りが追ってくる。麺はもちもちである。それはもうほんとうにもちもちなのである。

 

高田馬場牛肉麺とは全く違いますね。同じ食べ物なのに不思議だなあ」

 

オネットはもしゃもしゃと牛肉麺を食べていた。

 

「なるほど、たしかにこれはうまいなあ。重慶で食べた熱乾麺に匹敵するおいしさだなあ」

 

僕ももしゃもしゃと牛肉麺を食べた。

 

日本のラーメンのようなコシがある感じではなく、柔らかいのだけど、柔らかくてもまとまりのある感じの食感で、しみじみとうまいなあと思った。あまりにも単純明快な感想ではあるのだけれど、麺とスープと薬味が極めてよくあっているのである。日本のラーメン的な刺激物のような味ではないのだけど、なんともしみじみおいしいのだ。

 

スープの上に浮いている、牛肉と大根も味がしみ込んでいた。三人で無言で食べた。おいしいものの前に人は失語症である。

 

加藤はつぶやいた。「ザムザム丼もいいですか」

 

「はーい」と中国人と思われる女性の店員さんが答えた。ラーメンに乗っている牛肉とか薬味とかが乗っている丼ものであるようだった。加藤はダイエットをしていた。

 

ダイエットをしているときに、目の前のうまそうなものがある。日常は困難である。食べてしまう人と、食べない人がいるだろう。人格として、どちらが信頼できるか……やはり、これは、食べてしまう人なのではないのだろうか…… 糖質など気にする必要はない、うまいものは謹み勇んで食べなくてはならないのだ……と思う。

 

LINEが来た。先輩が西川口までやってきたらしかった。ちょうど食べ終わったので、おいしかったですと店員さんに告げ店を出て、駐車場へ向かった。先輩が車の前に立っていた。

 

「いやあ、遅れてすまない。なかなか店を出れなくてねえ……」

 

先輩は、職場の送別会に出ていたようだった。

 

「今回ばかりはね、遅れてもうしわけなかったと思うね……」

 

先輩は珍しく自らの暴虐無人っぷりを反省しているようだった。うまいものを食べ、一時的幸福感に包まれていた僕たちは、まあ、細かいことはいいんですよ!といった感じで、先輩を迎え入れた。送別会でもらったプレゼントが入ったドンキの袋を手一杯に抱えながら、先輩はすまんねえという雰囲気を作っていた。

 

「とりあえず、ザムザムの泉まで来たわけですけど、この後どうしますか?」

 

運転手加藤が言った。

 

「そうだなあ、なんか、蕨って、クルド人がたくさんいて、ワラビスタンと呼ばれたりして、多国籍タウンになってるらしいじゃない?隣町だし、ちょっと行ってみない?芝園団地もそっちのほうだったんじゃなかったっけ?」

 

僕はスマホ芝園団地の位置を調べた。

 

「そうですね、芝園団地は蕨のほうです」

 

加藤が答えると、先輩は「それはいいね。団地、やっぱり、日本の近代化の軌跡であるところの団地ですよ!」と威勢よく言った。

 

なぜ埼玉県南部にクルド人が集まるのか?:日経ビジネス電子版

 

故郷を捨てた埼玉在住ワラビスタン「トルコで暮らすよりまし」|NEWSポストセブン

 

芝園団地は、壁のような巨大な建物が立ち並んでいる、なかなかインパクトのある団地だ。大友克洋童夢で舞台として描かれたことで有名で、ある種の団地的なものの象徴のようなものであるともいえる、いわば、ザ・団地的団地なのである。僕や先輩や加藤は、なぜか団地が好きなところがあって、時々、夜中に集まっては団地を見に行っていた。

 

何が楽しいのかと問われれば、答えるのが難しいのだけれど、日本が近代化していく中で、夢見られた成長の残滓のようなものが物理的に巨大なものとして目の前に屹立しているというのは、なかなか、おお……となってしまうものなのである。

 

川口と蕨はすぐ近くであった。蕨駅近くの駐車場に車を止めた。

 

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蕨もワラビスタンと呼ばれているだけあって、いろいろな国籍を漂わせる看板を掲げた店が立ち並んでいた。

 

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道を歩けば、異国語が飛び交っており、ちょっとした異国情緒すら漂わせていた。少し歩くと、団地群が見えてきた。

 

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らせん階段が何本も天高く渦巻いている。不思議となかなかきれいだった。団地の良さの一つはこの画一的な構造の反復の美しさなのである。

 

目の前に、それはもう壁!と言わんばかりの壁がたちあらわれた。芝園団地は、こんな感じの建物がずらーっと並んでいる。

 

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すれ違う人は、中華系の若者がかなり多いように思った。アジア系の若いカップルが仲睦まじく手を組んで歩いているのを何組も見かけた。埼玉出身の僕には、若い人がたくさん歩いていることが大きな驚きだった。僕の埼玉の実家近くなどは、高齢化が激しく進んでおり、若者が手を組んで歩いているなんていう光景を全く見ないのだ。

 

ちょっと歩いていくと広場のような空間があった。夜21時を過ぎていたけれど、小学生の子供たちが、集まってにぎやかにバドミントンをしていた。子供たちのきゃっきゃという高い声が小さく広場に響いている。傍を見れば、20代と思われるアジア系の若者が楽しそうに立ち話している。素朴で豊かな日常が広がっていた。

 

僕の実家の周りは、高齢化が不可逆的に進み、子供の声が聞こえてくることなどほとんどないような町になっていた。芝園団地周辺の元気の良さに僕はとても驚いた。経済も死んでおらず、子供や若者がいて、しかも整然としているのだ。当たり前だけど、コミュニティは若者がいるといないとでは活気が全く違うのだなと思った。

 

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 広場のわきには小さな商店が並んでいた。コンビニのような小売店や飲食店なのだけれど、どれも、外国人向けに商売をしているような雰囲気だった。

 

店の中はこんな感じだ。アジア圏のいろいろな商品が売られていた。もう、全く日本人向けには商売をしていないようだった。

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ジュースをもって、会計をしにレジへ向かう。ウィーチャットペイなどのキャッシュレス決済歓迎ですよ!みたいなものが張り付けられていた。僕はいそいそと財布から日本円を出した。おそらく中華系のおじさんは愛想よく会計をしてくれた。

 

24時間年中無休の保育園もあった。すごい保育園だ……ここに子供を預けて、働きに出るのだろうなあ。もしかしたら、インターナショナルスクール並みに、国際的な空間が中には広がっているのかもしれない。

 

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 「なんか、おもったよりもかなりきれいですね」

 

僕は、芝園団地があまりにも整然としているのでとても驚いた。

 

「そうだな、子供たちがこうやって遅くまで、遊んでるくらいだから治安もいいのかもなあ。外国の人たちがこうやって移り住んできてくれて、建物が死ぬこともなくきれいに使い続けられていくんだったら、それはなかなか日本にとっていいことなんじゃないかっていう気がするなあ」

 

先輩は海外旅行にすら、何があるかわからないし恐ろしいから行かないのだ!というくらい、外国への恐怖心が人一倍強い人であった。そんな先輩でも、自分の好きな団地が、こうやってきれいに使い続けられていることはとてもうれしいようであった。

 

「実際に住んでいたら、いろいろ文化の違いによる問題もあるのかもしれないですけど、やっぱり、こうやって若い人たちがたくさんいる空間っているのはいいもんですよね」

 

僕は廃れていくがままの自分の故郷を思いながらそんなことを感じた。 昔は、文化の違いによる問題が起きたりしていたようだ。

globe.asahi.com

 

実際、芝園団地は、今、日本人高齢者と外国人住民が共生している空間として注目を集めているらしい。

 

 近くに公園があるらしいので、歩いていく。

 

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 構造と反復だ。

 

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 「この一部屋一部屋に生活が詰まっているんだなあ……」

 

先輩はひとりしみじみと感心していた。灯りは生活の灯りであった。

 

公園からの光景

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 「大きいなあ。昔はこれが全部屋埋まっていたのだろうなあ……」

 

僕は団地を見上げながら、広場のお店で買ったなぞの韓国ジュースを飲んだ。よくある白ぶどうジュースの味がした。

 

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「当時の日本人たちは、人口が減少していくなんて思っていなかったでしょうし、まさか、数十年で住民の半数が外国人になるとは夢にも思わなかったでしょうね」

 

加藤も、中国のジュースを飲みながら団地をぼーっと見ていた。

 

「そうだよなあ。芝園団地が建てられているころの中国って文化大革命の頃だよなあ。そう考えるとすごいことだよなあ」

 

先輩はそんなことを言っていた。公園の裏は線路があり、がたがたと電車が走る音が響き続けていた。

 

「ほんとうに何が起こるかわからないものですね」

 

あと少しすれば、今度は日本人が外国に出稼ぎに行くようになったりするのかもしれないなあ。それは時代の流れ的には、もう避けがたいことであるようにも思われた。

 

しばらく、蕨の街を散歩した。

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こじんまりとしたいい感じの店がたくさんあるようだ。

 

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渋い……

 

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ぶぎん通りなる商店街が現れた。

 

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 「ぶぎんってなんだ?」

 

僕がつぶやくと加藤はあきれ顔で、「きくちさん、埼玉出身なのに知らないんですか!?ぶぎんというのは、武蔵野銀行のことですよ!」と教えてくれた。

 

「ああ、なるほど、ぶぎん。そういうことか。でも、商店街の名前が銀行ってすごいな……味の素スタジアムみたいに、武蔵野銀行命名権をかったとかそういうことなのかな?」

 

ぶぎんって武蔵野銀行なの?なるほどねえ。なるほど」

 

東京生まれ東京育ちの先輩はぶぎん通り商店街のそこはかとないおかしさに笑いをこらえられないようだった。

 

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ちなみに、ぶぎん通りの店はほとんど閉まっていた。

 

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スナックからカラオケの音が漏れ出てくる横丁が昭和のよい雰囲気を残していた。

 

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このフォントの渋さよ……

 

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「なんだ!この駅は!すばらしい!」

 

先輩は駅舎を見ると発作的にスマホで写真をパシャパシャと撮り始めた。

 

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「この、国鉄感を残した意匠。やっぱり駅というものはこうでなくては!!すばらしいなあ。モダニズムだよ」

 

「はあ、そういうもんなんですかね…?」

 

「きくちくん、いい?、日本というのは中途半端に古いものをばんばん壊してしまうのがよくないんだよ。こういう微妙に古いものをちゃんと残しておくことこそ、新しい建物を建てるよりもよっぽど重要なことなんだよ!!」

 

先輩は熱弁をふるった。

 

「いやあ、わかりますよ!その気持ち!」

 

公共交通機関おたくの加藤は強固なシンパシーを感じているようだった。二人で、余人交じるべからずといった感じで、話に花を咲かせていた

 

オネットは変な人たちだなあといった表情でほっほっほっと笑っていた。

 

再び車に乗り込んだ。

 

芝園団地はなかなかよかったですね。なんといってもでかい。建築物においてでかいというのはやはり重要なことだよなあ。」

 

僕は、シートベルトを締めながら、感慨にふけっていた。

 

「そうですね。ぜひまた来ましょう。次はどこ行きます?」

 

加藤が言った。

 

「やはり、埼玉に来たら、越谷レイクタウンに行ったほうがいいんじゃないかな?埼玉と言えばレイクタウンでしょ?」

 

僕はそう答えながら、運転手じゃなくてよかった……と内心思っていた。時刻は23時をまわっていた。金曜の真夜中に何時間も運転をするのはなかなかきついものである。

 

「埼玉的なるものをめぐるかんじでいいんじゃない?」と先輩は言った。 

 

 じゃあ、そうしましょう!そういって加藤はアクセルを踏んだ。加藤は無限にエネルギーがある男だった。広告代理店で働いている人間は体力が底なしだなあとひそかに感心した。車はレールのない田舎道を進んだ。

 

「ナックファイブのこの番組に出てくるミュージシャンというのは絶妙に歌が下手ですね」

 

後部座席から、オネットが言った。安心して聴くにはややものたりない独特の不安定さを持ったマイナーミュージシャンの歌が、やたらとたくさんカーステレオから流れてきていた。

 

かわり映えのない道をひたすらにすすんでいく。道が退屈だと、会話も少なくなっていく。しばらくすると、絶妙に不安定な歌だけが車の中で響いていた。

 

つきましたよーという加藤の声を聞き窓の外を見ると、越谷レイクタウン駅の前であった。正しくベッドタウン的街並みが広がっていた。正しい街だ。あの日飛び出したこの街と君が正しかったのにね…椎名林檎の曲の歌詞が頭をよぎった。

 

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駅前にはただっぴろい公園が広がっていた。看板が立っていたので、眼を通してみる。この辺り一帯は紀元前3000年ころは海だったのだぞ!というようなことが中学校教科書的文体で書かれていた。

 

「そうか、埼玉には海がないけれど、埼玉はそもそも海だったんだな……」

 

埼玉で育った僕は、埼玉=無海の地として理解していたので、越谷が昔は海だったということに少なからず衝撃を受けていた。

 

「そうか海か……明治以前は品川あたりまでは海だったていうのはよく聞くけどね。歴史を感じるなあ」

 

東京生まれ東京育ちの先輩は興味深そうに看板を眺めていた。

 

公園をぬけると、レイクが見えてきた。真夜中だったので人気もなくとても静かだった。

 

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「おお、なかなかおおきいもんだねえ」

 

先輩は初めて越谷レイクタウンのレイクを見たらしく、レイクの写真をしきりにスマホに収めていた。レイクには柔らかな春の夜風が吹いていた。水には循環がないので、レイクからは少し沼的なにおいがした。

 

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生活音もなくただただ静かで、家の灯りがぽつぽつとレイクに落ち込んでちらちらと水面で揺れていた。

 

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「ここに住んだらなかなか気持ちいだろうなあ。埼玉も悪くないもんだなあ」

 

「ちょっと匂いますけどね」

 

東京育ちの先輩とオネットは埼玉も捨てたものではないなというような感じの話をしていた。

 

波止場風のところを歩いていく。

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模範的埼玉県民はここでデートをするのだろうか。埼玉で灰色の高校生活を送った僕にはそんな青春はなかったのだが……

 

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「ただ、これはレイクというよりポンドですよね」

 

僕は屁理屈意見を述べた。

 

「たしかに、どちらかというとレイクよりのポンドですね」

 

加藤は言った。

 

「記念写真でも撮るか」

 

何を思ってここで写真を撮ろうと思ったのかは不明だが、先輩は写真撮影の提案をした。

 

あそこの石碑の前で撮ろうといって、移動すると石碑には、

 

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でかでかと”池”と書いてあった!やっぱり池ではないか!!!!!!!!!!

 

越谷レイクタウンは、やはり本当のところは、越谷ポンドタウンだったのだなあと深く納得をした。越谷ポンドタウン。少し間抜けな感じがなかなかいいとは思いませんか?

 

 自動販売機でアイスを買う。

 

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玉出身の加藤が、うん年前にもここでアイス食べたなあと過ぎし日の埼玉の青春を回顧していた。

 

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プリン味のアイスを買った。アイスは水っぽい味がした。

 

「なにこれ、あんまりおいしくないね……」

 

僕が言うと

 

「そうですね。なんともいえない味ですね」

 

とオネットが言った。

 

アイスは体を冷やしていった。三月はアイスを食べるにはまだ少しさむかった。

 

「なんなんだ!さむいぞ!?」

 

「さむい、さむい」

 

「う~ん、これは寒いですね」

 

三月の真夜中にアイスを食べてさむいさむい言っている滑稽な4人は肩を震わせながら車へと戻った。エンジンのかかった車はブーンと暖房を回した。なんだかおかしなことをしているなあと少し笑ってしまった。どこか不安をあおるナックファイブがかかった。時刻は1時を過ぎようとしていた。滑稽な春の夜はずんずんと更けていくようだった。

 

ドライブはまだまだ続くのだけど、書き疲れたので、終わり。