今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

平成の終わりに、山田うどんの本店までうどんを食べに行く。

山田うどん、埼玉を中心としてチェーン展開する、うどん屋である。

 

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「天国と、とてつもない暇」というタイトルの最果タヒの本がある。タイトルのインパクトが強く、本屋に行くと毎回、目にその文字列が飛び込んでくる。

 

僕は車に揺られながら、何を平成の終わりに埼玉まで山田うどんを食べに来ているのだろう……と不思議な気分になった。まもなくして「平成と、とてつもない暇」というフレーズが頭に浮き上がってきた。そう、どう考えても、平日にわざわざ埼玉まで山田うどんを食べに来るというのは重度の暇人なのである。

 

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山田うどんは所沢に本店を置いている。所沢といえば西武グループのお膝元である。なぜだかやたらと西武グループに詳しい僕の友人たちは、車内で西武グループの功罪についての議論を続けていた。西武グループの創業者、堤康次郎はとてもおそろしい男であるるらしい。

 

評論家の大宅壮一は、噂と断ったうえでこんな話を紹介している。「関東大震災の直後、一家全滅したようなところの焼跡に、かたっぱしから「堤康次郎所有地」と書いた棒杭(ぼうぐい)を立てた[34]。どこからも文句がでなければそのまま、出れば法廷でお抱えの弁護士をつかって、所有権を証明する物的証拠を示せ、と争った

wikipedia より

 

噂話のレベルではあるが、これぞモーレツであるところの昭和エピソードである。平成民はただ驚くばかりである。

 

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友人が言うには、所沢には、早稲田大学の一部のキャンパスがあるけれど、なんでも、この所沢キャンパスと言うのは、もともと幕張に作られる予定だったところ、西武社長のご威光によって所沢へとやってきたらしい。本当なのかは不明だが、ネットにはそんなことを 書いてある記事がちらほらある。

幕張と早稲田の関係 (2015年12月12日) - エキサイトニュース

 

西武は力があったのだなあと思う。これも昭和の話である。

 

話を戻して山田うどん。池袋から車で1時間30分ほどかけて、山田うどん、所沢本店へとやってきた。なぜ、山田うどんなのか、友人は、埼玉のソウルフードですからねと言った。僕は埼玉出身なのに、山田うどんを小学生の頃、一回食べて以降、一度も口にしたことがなかった。

 

肉そばの重ね盛り的な物を頼んだ。うどんにまったくコシがない。ボヨンボヨンである。ただ汁はなかなかおいしい。

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ボヨンボヨン麺をすする。こうやって友人を集めてファミレスみたいな所に来るの楽しいよねとだれかが言った。確かにそうだなあと思った。大人になれば、なにかもっと高尚な遊びがあるのだろうかと思っていたけれど、そんなこともないようだった。ネットでは近年、サイゼリヤがやたらと人気である。

 

 

ちなみに、山田うどんでは、パンチというモツ煮が名物であるらしい。埼玉出身であるのに、全く知らなかった。パンチはそこそこおいしかったが、しかし、ただのモツ煮なのではないかと聞かれればただのモツ煮と答えざるを得ないだろう。

 

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やばい、池袋で終電がなくなる!と言って、急いで車に飛び乗った。帰り道の議題は、池田エライザの森のクマさんの功罪についてであった。人間にとてつもない暇があたえられるとろくなことをしないものだなと思った。

 

やまだうどんのカカシは形式的に笑っていた。

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ツイッターを開いて、山田うどんの写真をあげる。何人かがいいねをおしてくれる。日常だなあと思う。もう10年近くツイッターをやっているのだあ思いながら、こうしてブログを書いている。平成はインターネットとともにあったなと当たり前のことについて思いをいたす。僕のとてつもない暇に付き合ってくれたインターネットに感謝をしつつ、さようなら平成。