沈みゆく夕陽とともに、大垣祭りはますます激しさを増していくのであります。
八幡神社の前には、おおくの人が詰めかけていた!警備員、老父、老婆、善男善女!!小学生!中学生!高校生!そのほか多数!通りは熱気で埋め尽くされていた。
みんなが神社の前のちょっとした踊り場に視線を注いでいる。そう、これから、大垣祭りの名物の12台の軕(やま)が屈強な男たちによって引かれてくるのである。割り込んでこようとする親子、肩でプレッシャーをかけてくる老人。宵の大垣、場所取合戦。多くの人がスマホやらカメラを準備している。現代である。
1台目。神楽軕(たぶん。もし間違っていたら教えてください……)
踊り場に若者たちが軕を引きずり込んできた。アスファルトが車輪にこすられ、がりがりがりと鈍い音を立てている。聴衆は色めき立って、感嘆の声が上がった。
「これはなかなか迫力がありますね。なんだかやたらと屈強な若者が軕を引いてますね」
僕がそんなことを言うと、「軕は近くの大学のラグビー部に日当を数万円払って引いてもらってるらしいよ。なかなか伝統を守るのも大変なんだね」と大垣偏愛者の先輩は教えてくれた。
軕はパフォーマンスを終えると、紅海を割って進んだモーゼのごとく、波打つ人混みの中に突撃していった。これから街中をぐんぐん練り歩いていくのである。一年間、倉庫の中で埃を被っていた軕が、やっと日の目を浴びるときがきたのか!と歓喜の意志を持ってつき進んでいるかのようだった。
2台目、相生軕
「相生軕はね、すごいお金かかってるらしいよ。豪華絢爛で迫力が素晴らしいんだよ」
相生軕は目の先まで迫ってきた。軕の前方をかがめて、神社に向かってお辞儀のようなことをしている。
全体重をかけて、ぐいぐい傾けていく。
「いやあ、すごいですね。あんな大きな軕が結構よく動くもんですね」
「いやいや、きくちくん、相生軕の凄さはこれからですよ」
相生軕はすごい勢いで回転し始めた。
回転する巨大な体躯。藍色の夜空に飛び散る紙吹雪。なんと幻想的で美しいのだろう。
すごい勢いでフラッシュがたかれていたので、自分がフラッシュを炊かなくても、明るく写真が撮れる。
回転、回転、回転!!!!
華々しく舞い散る花吹雪。歓声をあげる群衆。駆動するラグビー部の筋肉。提灯が夜の街に激しくひかりを飛び散らす。
ハレとケの作用が力強く感じられた。日常はともするとケガレてしまうから、日常をよりよく過ごすために、祭りがある。歴史がうんだ、人々の生活の知恵である。
右に回って、左に回って、どんどんと観客を盛り上げていく。
相生軕は大歓声の中、街中へ進んでいった。
3台目、布袋軕。金色が夜気に映える。威風堂々と踊り場に出てくる。
これまた、目の前までやってきた。
操り人形が演舞をする。精巧な作りで、非常に細かい動きもできる。引き込まれていく。
4台目、榊軕
「1648年に始まったんですよね。こうやって、連綿と途絶えることなく受け継がれてきたんですからすごいことですね」
「一回、戦争の空襲で軕がかなり焼けちゃったんだよね。それで戦後作り直したんだよ」
5台目、恵比寿軕
「これもそうだけど、下に縦模様がはいってるやつがあるでしょ、これは昔、大垣の藩主が下賜したもので、歴史が長いやつなはず」
恵比寿軕は軽めの作りなのかすさまじい速度で回転する。
6台目、猩々軕
飛んで、体重をかけていく!
目の前までやってきた!
踊り場で大回転がはじまる。
左回転!!!
右回転!!!
「これはまじですごいですね……」
「わかってくれたならよかったと、なにせ、一年も前から大垣祭りを勧めていたわけだからね」
先輩は誇らしげに顔をほころばせた。
華麗なパフォーマンスを終えて去っていく。歴史的な軕のまわりにふつうに現代的なマンションが立っているのも、当たり前だけど、ちょっと不思議な感じがした。
7台目、大黒軕
8台目、鯰軕
飾りが精巧だ。絡繰人形がくいくい動く。
軕は、町ごとに所属があり、祭りに向けて準備をしているらしい。
「朝から晩まで、あんな大きな軕を引いてるわけですよね。ラグビー部というのは本当にすごいですね……」
「ほんとうにラグビー部は偉大だよ…晴れ舞台で楽しいだろうね……」
9台目、玉の井軕
着物に身を包んだ女の子たちが乗り込んでいる。これまた、すごい造りだ。製造にいったいいくらかかったのだろう。なんでも、一番高い軕は1億円以上するらしい。
軕はどんどん動くので、女の子たちも、大変そう。
舞がはじまる。
扇子を手に、上手に踊る。たくさん練習したのだろうなあ。観衆も静かに見守る。
大垣音頭
何百年もかけて、こういうギミックがひとつひとつ増えてきたんだろうなあ。すごいことだ。
白粉もなかなか雰囲気を引き立てるものなんだなあと思う。
あふれんばかりの拍手!
10台目、浦嶋軕
ガメラみたいな亀が乗っている。
11台目、松竹軕
これまた、かなり精巧な造りだ。細かい飾りがうつくしい。
子供みこしという童謡に合わせて、おどる。楽しい!
\ハイ/\ハイ/\ハイ/
12台目、愛宕軕
旦那衆が、祝詞のようなものを高らかと唄いあげる。軕に乗っている子供が、親に手を降っていて微笑ましい。
13台目、菅原軕
絡繰人形が筆で文字を書く。
どれくらい練習したら絡繰人形で文字がかけるようになるのだろう。器用に筆で文字を書いていく。
令和元年、大垣祭り。観客からふたたび盛大な拍手がおこる。
最後の大回転
すごい勢いで最後の菅原軕が人混みへ突っ込んでいく。あっという間に十二の軕のパフォーマンスが終わった。軕は2週するらしく、最初の軕が再び街中から戻ってきていた。
「いや、これは本当にすごいですね。趣向が凝ってるし、迫力があるし、伝統も感じるし、全国の祭りの中でも、かなりすごい祭りなのではないですか」
「俺は、一年前から、大垣祭りの素晴らしさを唱えてたでしょ!!ようやく伝わったようでよかったよ」
先輩はとてもほこらしげにそう言って、じゃ、酒でも飲もうかと人混みへ入っていった。
祭りの夜はまだまだ長い。
若者たちの叫び声が響き渡る、神社の境内。このお化け屋敷はなかなかオススメらしい。
少し通りをはずれて水路沿いを少し歩く。気持ちいい季節だ。
1キロちかく延々と屋台が出ている。どこの店も活気がある。
モツ煮込み!
塩分が心地よい。でかいビールで流し込む。交歓の声がいたるところで響いている。道端には若者たちが地べたに座り込み、酒を飲んでいる。最高の雰囲気だ。そういえば、大学の後輩の加藤も合流していた。
典型的な屋台の焼きそばを食べる。典型的な味がする。
屋台の真際を軕が抜けていく。町中がお祭り騒ぎだ。
僕はスマホを立ち上げ「大垣祭り、神輿がすごい!!」とツイートをした。
先輩はツイートを見て、にやにやしながら「きくちくん、これはね、君をバカにしている訳ではないんだけどね、あれは神輿ではなく、軕というんだよ。神輿は担ぐもの、軕は引くものだからね」とちょっとばかにした調子で言った。
先輩は、僕が間違いを犯すと、鬼首をとってやったかのごとく喜ぶところがあった。
「先輩が、神輿って書いたら突っ込んできそうだなと思いつつも、軕が変換できなかったので、まあいいかと思って神輿って書いたら、見事につっこまれてわらっちゃいました」
なんだか、心理戦の様相を呈してきたコミュニケーションにはっはっと笑って、ビールを流し込んだ。僕たちは、だんだんと祭りに溶け込めてきているような気がした。