前:復興の拠点、広野町。激走の歩道橋。ー福島浜通り彷徨編⑤ - 今夜はいやほい
「ようこそ、常陸の国へ」酔っぱらいの老父は顔を真っ赤にしていた。
「どうもどうも」僕はビールを口に運びながら返事をした。
「どこからいらっしゃったので?」
「東京から」先輩は楽しそうに答えた。
「おお、江戸から、はるばる遠いところからお越しになって。大変だったでしょう」老父はゲハゲハと笑っていた。
「そうですね。常磐線でかたことと揺られながらやってきました」加藤はめざしをほう張りながら、にやけ顔でそんなことを言った。
旅行の終わり、常陸多賀で電車を降りた。空っ風が吹き付けて、体温をひゅっと奪っていった。ぼくたちは、塙山キャバレーに向かっていた。バスに乗り込み、3つほどバス停を過ぎると、その異空間は目の前に現れた。
青いバラックがここぞとばかりにつめこまれている飲み屋街、塙山キャバレーである。青を基調としたその空間は、ぐぐぐぐっとタイムスリップしたような錯覚を起こさせた。ここは、いつの時代なのだろうかと。
これは、すごい、異世界だ!と僕と先輩ははしゃいでいた。日立の工場で働いている人たちの憩いの場所として永らく愛されている、飲み屋街なのだそうだ。不思議な居心地の良さがあった。
「行くしかないな」僕はその店の中に入りたくてたまらなくなっていた。しかし、なんという敷居の高さだろう。一見様などおことわりでいと言わんばかりのたたずまいの店ばかりなのである。
居酒屋、ラブ
加藤君、君しかいない、頼んだとすべてを加藤に丸投げして、僕たちは「みき」という店の門戸を叩いた。正確に言えば、加藤に叩かせた。
緊張して肩をすくめながら店に入った。どうも、いらっしゃいと、明るいおばちゃんが迎えてくれた。どうやら、一見ウェルカムのような店だったようだ。
「ああああ、江戸からいらっしゃったんですね、たいそうなことで」老父は擬古的な振る舞いを続けていた。常陸の国は愉快なところだ。
「そうなんですよ、江戸から」僕はお通しのおでんをほうばった。
めざしもお通し。
「じゃあ、なにですかい、今日は人力車で?」老父はきっと300年くらい生きているに違いないのだ。「履物もわらじじゃないですか」勢いは止まらなかった。
「みき」の料理はどれもおいしかった。ホタテバターよ、永遠に!!
「東京から、わざわざこんなところまでどうしたの」ラグビー選手のような体躯を持った男性が話しかけてきた。
「福島観光をしてました」加藤が答えた。
「ああ、そうなの、最近塙山キャバレー映画にも出てね、若い人も時々来るようになったんだよ、それの関係かと思ったよ」
「福島も大変だよね、ここも地震がすごかったんだけどね、塙山キャバレーは一つも潰れなかったの。なんでかわかる、屋根が軽いから」客たちの笑い声がバラックに響いた。
ホッホッホッとわらうホホホのオネットは「ホッホッホッ」と笑った。
「いいところですね」と先輩は愉快そうにむんずとビールを飲んだ。
ぜひ、また常陸の国にお越しくださいね。老父はせまい店内でうまそうにタバコを吸っていた。
走れ!!!僕たちは帰りのバスをぎりぎりのがし、駅まで走ることになってしまった。心拍数が上がり、アルコールがぐんぐん体を巡った。疲れがたまっていたこともあり、すぐくらくらとした感覚が体に満ちてきた。へろへろになりながら駅をめざして10分走った。そんな感じで、福島旅行は終わりを迎えた。早春の風は走るぼくらに無慈悲に向かい風だった。