今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

春だった。

春、別れの季節である。仲の良かった会社の先輩が4月付で異動することになった。帰り際、お互いに示し合わせたかのように、なんとなく、帰る時間が一緒になったので、かつ丼食べて帰りましょうよと誘ってみた。

 

銀座で電車を降りた。あたたかな空気が街にふくらんでおり、軽い服装の人が増えていた。目抜き通りを歩いた。人々が精密な感覚センサーで互いを回避し往来を組み上げていた。先輩と、「異動ですね」「そうだね」「今日はあったかいね」「そうですね」「人がたくさんいますね」「そうだね」とか、そんな無意味なことを話しながら、華やかかりし道を歩いた。

 

銀座梅林のかつ丼は適切に構成されていた。甘く、しょっぱく、動物性のごつごつさと、玉ねぎの滑らかさと、白米の柔らかさと、いい香りのするみそ汁。「美味しいですね」「そうだね」と短い会話をした。

 

いっぱいくらい飲んで帰りましょうかと言って、地下にある、薄暗いバーに行った。バーには、若い女性がたくさんいた。なんとなく肩身が狭く、端っこのほうで、なんだかよくわからない蒸留酒を舐めた。「異動先、名うてのパワハラ上司ですね」「そうなんだよね」「どうなっちゃうのかな」「どうなっちゃうんですかね」「チョコでも頼もうか」「そうですね」先輩は、電子タバコをさも重たそうにもたげていた。

 

チョコを口で溶かして、蒸留酒を流し込んだ。舌がひりひりして、カカオがごろごろした。グラスには結露した水滴がたくさんついていた。水滴はガラス製のコースターを持ち上げ、間抜けにそのことに気づかず、コースターは口元の高さから無慈悲に落下し、カウンターの上で粉々に砕け散った。

 

「割れましたね」「割れたね」二人で青天の霹靂を笑った。隣の女性が片づけを手伝ってくれた。マスターは、これ映画にも出たいいコースターだったのにと言って、きらきらの新しいコースターを僕の目の前に置いた。27回目の春はそんな調子だった。

 

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