今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

台湾の宜蘭の酔いと飽食の夜。ハレとケのはざまの魯肉飯。

 

「素晴らしい夜であった。それは、親愛なる読者諸君よ、われらが若き日にのみあり得るような夜だったのである」

 

「白夜」ドストエフスキー

 

 エピグラフを入れてみた。エピグラフには一般的に、作品にコンテクストを与えたり、余韻を与えたりするためのもののような気がする。なぜ、僕が突然ドストエフスキーを引用したかといえば、それは、いわば、有り体に言ってしまえば、カッコつけてみたというとことなのである。

 

 なんにせよ、とにもかくにも宜蘭の夜は、年に一回あるかないかの特別な時間だったような気がした。

 

前編:台湾の原住民タイヤル族の村で村長に会い、なぜか面前でカラオケを歌わされる。 - 今夜はいやほい

 

幸福帽のおっちゃんは車を走らせた。

 

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コンビニの居抜き物件のような体裁の店についた。店のまわりは、閑静な住宅といくばくかの田畑で構成されており、日本の郊外とよく似た風景が広がっていた。僕と加藤は、もう十分にお腹がいっぱいだったのだけど、おっちゃんの厚意を無碍にもできず、ほいほいと連れられてきてしまった。

 

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おっちゃんの馴染みの店であるらしく、おっちゃんはよっやってる?的な気さくさで店内へ突入していった。7〜8人の人々がひとつの円卓を囲んでいた。円卓の上には絢爛豪奢な中華料理が鎮座していた。色もとりどり、肉、海鮮、野菜が渾然一体化し卓に並んでいる。どれもこれも大変に美味しそうであった。問題があるとすれば、そう、僕たちのお腹はすでにパンパンだということであった。

 

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「彼らは、日本人で、なんかよくわからないけど、出会ったから連れてきたんだ」

 

というようなことを(おそらく)おっちゃんがいうと、円卓の人々は「おお、それはそれは、さあさあ座って」という感じで歓待してくれた。見ず知らずの日本人がズカズカとやってきたのみ関わらず、みんな大変暖かかった。台湾で出会った人々は皆むやみやたらと暖かかった。

 

「彼らは私の親戚ね。みんなタイヤルの人」とおっちゃんは言った。

 

「突然混じってしまって、すみません!」とひとまず挨拶をしてみるも、幸福帽のおっちゃん以外の人は日本語が分かるわけではなさそうで、日本人が何か言っているな、何言っているのかもよくわからないけれど、しかしまあ、円卓を囲み、酒の前にすれば人々は平等だからなとでもいうようなおおらかな雰囲気だった。

 

「乾杯!乾杯!」

 

言語コミュニケーションに困難があると判断した親戚の人々は、僕たちに次々に乾杯を求めてきた。僕はとりあえず、これはひとつの好意の現れであり、飲むしかないのだなと悟り、ひたすら飲むに徹することにした。昼からずっとビールを飲んでいた。ビールの味もよくわからなくなってきていた。人生で一番ビールを飲んだ1日だったような気がする。

 

「彼は、ポリス。彼に言えば、いつでも寝る場所を提供してくれる」

 

ボス的な男性を指差し、幸福帽のおっちゃんは言った。

 

「警察官なんですね。すごいですね!」

 

何がすごいのかもよくわからないし、そもそも日本語も通じないのだけど、僕はとりあえずそんなことを言った。警官は、日本人が何かを言った、しかし、よくわからないしとりあえず乾杯!という怜悧な論理によって、僕たちに数多の乾杯を求めてきた。僕たちはしこたま飲み続けた。警官は、気持ちよくビールを飲み干し、ばっはっはと笑っていた。

 

台湾の人たちの飲み方がわりと一気飲み文化なのか、タイヤルの人たちの文化なのか、それともこの人たちだけの文化なのか……そういえば韓国も結構一気飲み文化があるな、普遍的東アジア現象なのだろうか。ビール瓶はどんどん空けられていった。

 

警官が手首をきゅっと抑える仕草をした。

 

幸福帽のおっちゃんは言った。

 

「今日酔って帰れなくなっても大丈夫、私が責任を持って、留置所に連れて行くよって言ってる」

 

警官の妻がくすくすと笑っていた。愉快な饗宴であった。卓の上では勢いよく飲食がおこなわれ、料理たちは快調にそれぞれの胃袋へ流し込まれて行った。

 

僕は艶めかしく光る魯肉飯を見た。日常食というのはこういう日々と共にあるものなのだろうなあと思う。

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加藤はアルコールに極度に強く、水を飲むように酒を飲む男だった。普段ウイスキーなどを飲んでいると、きくちさんもっと飲みましょうよ、これからですよ!とよく煽ってきた。しかし、その日は様子が違った。加藤が悶絶の表情を浮かべているのである。ビールの炭酸が、胃を膨らまし続けていたのである。加藤の腹が妊婦のように膨れ上がっていた。

 

「たべて、たべて」円卓の人々は悪気もなく、僕たちにご飯を勧めてくれた。中華食文化圏では残すのがマナーなどと言うけれど、きっとデフォルトで食べきれないような量が準備されているのだろう。

 

表情を失った加藤は「もう、マジで無理です」といってトイレへかけて行った。

 

「加藤弱いね、きくち、たべるね」と言って幸福帽のおっちゃんは僕に魯肉飯を勧めてきた。僕は限界の向こう側へ行くべく加藤の魯肉飯も食べた。そんなにたくさん食べたことがあるわけではないけれど、この魯肉飯は今まで食べたものなかでも一番美味しいものだった。お腹がいっぱいかどうかはまず満腹中枢にて判断されるはずであるが、実際的にはしかし、胃袋の物理的容量の問題であるからして、きっとまだ食べられるのである!と自己暗示しながら僕は食べた。

 

エビが良い香りを立ち上げていた。

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人はやはり、人倫的観点からいって嘔吐してはならないのである。僕ももう、20台も後半である。吐いているような年齢ではないのである。

 

酔いと飽食の混濁のなかエビを食べる。うまい。うまいではないか!エビの出しがおしみなく噴出している。練り物も甘くておいしい。スープも澄んでいて良い香りをだしながらもさっぱりしている。あれ、なんだか全然食べれるような気がしてきたぞ、まだまだいけるぞと調子に乗って、エビを食べ続けた。人間は食べようと思えばいくらでも行けるものである。

 

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加藤が席に戻ってきた。警官がタバコを吸おうと言って、幸福帽のおっちゃんを連れ出した。一緒に行こうとおっちゃんが言うので、僕と加藤も外に出た。加藤もタバコを吸うやつだった。僕は、数回だけ申し訳程度に吸ったことがあるだけで、基本的に全くタバコを吸わない人間であった。

 

「きくちも吸おう」と言うので、おっちゃんから一本もらった。マイルドセブンだったような気がする。僕はまったくわからないのだけど、人は酒を飲むとタバコを吸いたくなるものらしい。

 

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縁石に腰掛ける。正しい吸い方もよく知らないんだよなあと、口のはしで適当にタバコを咥え、すーっと煙を吸いこむ。もしかすると、ふかしているだけで吸えていないのかもしれない。頰をなでる宜蘭の夜風は気持ちよく、きっと今晩はタバコを吸いたくなるような夜なのだろうなと思った。おっちゃんも気持ちよさそうにタバコを吸っていた。

 

普段、タバコを吸っていないと、タバコを吸うという時間をどう処理したら良いのかわからずくすぐったい感じがする。タバコを持っている方の手はいいとして、もう片方の手はどうすれば良いのか、よもや腰に手を当てておくわけにもいかない。目を細めたりするのか?視線はどこに向けておけば良いのだなどそういう疑問が湧いてくる。

 

仕方ないので、小さく灯るタバコの火を見たりする。外国の路上で座り込んでタバコを吸っている、これはなかなかハードボイルド風ではあるまいかとかそんなことを思ったり、一方で、僕のTシャツはパンダ柄で、まったくボイルドでないのだよな、もっとキマったシャツであるべきだったなあと思ったりした。

 

軟弱にも、慣れないタバコに口の中が苦くなり僕はそそくさと店の中に戻った。

 

「これあげる」と言って、幸福帽のおっちゃんは、僕たちに乾燥したきのこが山ほど入った袋をくれた。

 

「あ、ありがとうございます!」僕たちは礼をしながらも、あまりにもすごい量のきのこだったため、たじろいでしまった。バッグに入れると、実にバッグの3/5くらいがきのこになってしまうほどの量であった。

 

「タイヤルのきのこ、彼女や家族にあげて」

 

幸福帽のおっちゃんは誇らしげだった。

 

「いろいろしていただいてありがとうございます!」

 

 「また、きっと台湾にくるね」

 

「来月にでもすみやかに来たい気分です!」

 

僕は答えた。先月も台湾に来ていたから、三ヶ月連続になるな。金さえあれば…とおもった。

 

「次来るときも、連絡するね」

 

「ぜひまた会いに来ます!」

 

加藤が答えた。

 

「LINEやってる?」

 

「やってますよ」

 

おっちゃんのQRコードを読み取った。3人のLINEグループが作られた。現代文明はすごい。こうしてついさっき出会った人とどんなに離れていても、いつでも連絡が取れるようになってしまうのだ。よく考えればほとんど魔法のようなことだ。

 

ぼくたちは固い握手を交わした。これはきっとまた来なくてはならないなと思った。タイヤルの警官も「じゃ、またな」という感じで送り出してくれた。幸いにも、留置所の世話にはならずにすんだ。

 

「再見!」

 

僕の知っている数少ない中国語で別れを告げた。

 

 

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ホテルに戻って少し休むと、僕たちは、何を思ったのか真夜中の夜市に繰り出そうとしていた。

 

つづくかもしれない 

 

きくち (@zebra_stripe_) | Twitter