渡り蟹の醤油漬け、カンジャンケジャン。韓国料理である。カンジャンケジャンはとにかくうまい、韓国へいくならまずこれを食べるべきであると以前、友人から聞いていた。渡り蟹の醤油漬け、うまくないわけがない。
ソウルについてすぐ、阿峴洞カンジャンケジャンという市内の店に食べに行った。阿峴洞はあひょんどんと読むっぽい。座布団と、ちゃぶ台形式の家庭的な雰囲気の店であった。
11時30分くらいに行ったらまだ客はまばらだった。カンジャンケジャンを注文する。20,000 ウォン、1800円?くらいだった。韓国はあまり一人でご飯を食べるという文化がないらしいので、一人前を注文することができない店があったりする。阿峴洞カンジャンケジャンは一人前でも大丈夫だった。
注文後、カンジャンケジャンはすぐにやってきた。うまそうだ……副菜も色とりどりに美味しそうである。早速、カンジャンケジャンを手に取る。殻を指でぎゅっと押すと醤油だれに浸かった柔らかな身が飛び出てくる。口に放り込む。身も卵がプルプルのつるつるである。喉をするっと落ちていく。醤油ダレが病み付きの味で鮮度がいいのか臭みはない。カニ特有の旨味が口に広がる。おいしい…おいしい……
ご飯によくあう。米、つまりは米なのである。カンジャンケジャンは確かに美味い、しかしその真価が発揮されるのは米と合わせた時なのである。蟹を食べ、米を口に運ぶ。米を塩分の効いた身と濃厚な卵が覆っていく。幸福である。米と合う料理というのは掛け値無しで素晴らしい。
うまいものを食べていると没入していくような感覚がある。僕が食べているはずなのに、カンジャンケジャンに吸い込まれそうな気がしてくる。他の客たちも無心でカンジャンケジャンを頬張っていた。
僕は食べることが好きで、ときどき食に関する本を読むことがある。カンジャンケジャンを頬張りながらある本を思い出した。開高健の小説家のメニューという本である。
読者諸兄姉 すべからく飲みたまえ 食べたまえ!
この本、カバーをめくると大変なことになっているのである。
おいおい、装丁家はとんでもないやつだったんだな…と思い、目次を見るとこれである。
美味・珍味・奇味・怪味・媚味・魔味・幻味・妖味・天味!!!!!!!!
……
このカンジャンケジャンを表すのであれば、
美味・珍味・奇味・怪味・媚味・魔味・幻味・妖味・天味!!!!!!!という感じである。カニの腕の根元をちぎる。どろっと身が垂れ出てくる。妖味!幻味!魔味!とはいったいなんななのか……
ときどき漬物やキムチを食べる。口の中が一気にスッキリする。蟹への飽きが来ないよう口内をリフレッシュさせてくれる。
カニの甲羅をほじくると隅に付いていた味やカニ味噌が剥がれてくる。ご飯を入れる、そしてかき混ぜる。たまらない。卵かけご飯の圧倒的上位互換存在が目の前に現れた。ドロドロである。僕は真剣な視線を甲羅に落とした。むむ、もしかすると、これこそが魔味なのでは!
韓国語でませるはビビンというらしい。ビビン・魔味・カンジャンケジャンである。そして私は考えた。さらに、韓国海苔、そして、キムチを混ぜるべきなのではないかと。
韓国海苔の磯とごま油の香り、蟹の旨味、卵の濃厚さ、さっばりとキムチ。そして米。うまい…… 食文化が豊かな国は最高である。韓国にくる理由がこれだけであっても良い気がする。
最後、スープで体を温めて店を出る。
読者諸兄姉 すべからく 食べたまえ!
阿峴洞カンジャンケジャン(아현동간장게장)
13 Gullebang-ro, Ahyeon-dong, Mapo-gu, Seoul, 韓国