今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

別府で元遊郭の旅館すずめに泊まったら、野良猫がベッドで寝ていた。

田んぼオタクの大学の先輩が、木曜の夜中に、おい、今すぐ大分まで田んぼを見に行くぞと言うので、金曜にLCCの航空券を買い、土曜の始発の電車に乗り込み、はるばる大分までやってきた。なんでも大分には、田んぼおたく界隈にとってのメッカとでも言うべき、非常にあつい田んぼがあるらしいのである。世界にはあらゆるオタクがいるものである。田んぼについてものちのち書きたい。

 

ホテルをとっていなかったので、大分についてから宿泊場所を探し始めた。若き労働階級においては、節約、なんにせよ節約であるということで、安い宿を探していた。

 

すると、こんな宿が見つかった。

 

旅館すゞめ 

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かつて別府駅の北側には行合町遊郭という遊郭があったらしい。いまは北部旅館街という名前になっているのだけど、なんでもその旅館街に遊郭時代から残っている宿があるというのだ。しかも、宿泊、なんと2500円である。

 

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なんにせよ安いので、予約しようと試みるも、じゃらん楽天トラベルも扱っていないのである。電話をかけると、6コールくらいで電話が通じた。通話先の相手は名乗らなかったので本当に旅館すゞめなのか分からなかった。部屋は空いているらしくすぐ予約できた。本当に旅館すゞめを予約できたのだろうか……ついてみたら予約できていなくて夜の別府に放り出されたらどうしようという一抹の不安を感じながら旅館すゞめへと向かった。

 

旅館のわきにレンタカーを止めた。先輩は有閑階級であったので、大分市内のいい感じのビジネスホテルに泊まっているようであった。格差社会である。古めかしい旅館は住宅街の中にひっそりと建っていた。ザ・遊郭建築!というほどの意匠ではなかったけれど、よい風情があった。

 

いったいどんな人が出てくるのだろうと、おそるおそるドアを開けた。中はしーんとしていた。思ったよりもひろい玄関口になっていた。色のくすんだ渋い壁が目に入った。天井から灯篭のような形のランプが吊り下げられている。歴史を超えてきたのだなというような雰囲気があった。

 

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奥の方に向かってすみませーんと言ってみるも、だれも出てこない。どうしたものか……と思い、3回ほどすみませーんと言うと、うっすらと足音が聞こえてきた。

 

「あら、どうも」

 

奥の方から80歳をゆうに超えていそうな老女が現れた。女将さんであるようだった。笑顔が穏やかだった。足が少し悪いらしく、ゆっくりゆっくりと歩いていた。しかし、まだまだ元気そうで話し方はとてもハキハキとしていた。

 

 年季の入った靴入れ。

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「遅くなっちゃってすみません」

 

「いえいえ、全然大丈夫ですよ。どこからいらっしゃったの」

 

「東京の方からきました」

 

「あらまあ、遠いところから。じゃあ、お部屋案内しますね」

 

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2階の部屋を用意してくれていたようだ。歩くと床が軋む。ここをむかし遊女が歩いていたのかと思うと不思議な気分である。遊郭が法的に完全に規制されておよそ60年ほどらしい。こんな建物も20年もしたら日本からほとんどなくなってしまうのあろうなと思うと時がたつのはなんと早いことかと思う。

 

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ランプが花を模していてかわいらしい。レトロなデザインだ。ここは本当に令和の時代なのだろうか……

 

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「じゃ、この205号室でお願いしますね」と言って女将はさらっと去っていった。

 

どんな部屋なのだろう、と思いながらドアを開けた。部屋は真っ暗だったのでライトのスイッチを押すと、おばあちゃん家のを彷彿とさせるようなこぢんまりとした部屋が現れた。まあ確かに相応に古い部屋ではあったけれど、掃除は隅々までされていて綺麗なものだし2500円で泊まれるなら十分だなと思った。背負っていた荷物を下ろした。

 

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はあ、疲れた、と思いながらふとベッドをみると、何かの塊が動いたように感じた。うん?なんだ、なんだ?と思いよくみてみると、僕が横になるはずのベッドの上には、白黒の猫がでーんと座っており「一体、なんなんだお前は!」といった不敵な表情でこちらを見ていたのである。その様はなんともふてぶてしく、権威的態度で僕を睥睨するのである。

 

こっちからしたって「なんなんだお前は!」という感じなのだけれど、猫は猫で「先にいたのはこっちなんだからね」といった感じでこう着状態である。どうすれば良いのかわからず、僕は三秒ほどフリーズしていた。猫も微動だにしなかった。真っ暗な部屋のふわふわの布団の上で寝ていたら、突如、煌々とひかる白熱灯の下に晒されたのだからそれはびっくりするだろう。もしかすると旅館の猫なのかもしれないなと思い、帰りつつあった女将を呼んだ

 

「なんか、猫が寝てるんですけど」

 

「え!?え!?猫ですか?」といって、女将はゆっくりと引き返してきた。

 

「野良猫ですかね?ほら、そこ」といってベッドを見やると、もう猫はいなくなっていた。

 

「すみませんね、換気のために窓を開けておいたら入ってきちゃったみたいね」

 

そういって女将は何事もなかったように自分の部屋へ戻っていった。齢も八十を越えると何事にも動じないのだな…不惑が四十だものな、不惑の倍なのだな…と僕は納得した。

 

全く不遜な猫だったな、もしかしてまた入ってきやしないだろうかと窓を開けて外を確認することにした。窓の外には静かな夜の街が広がっていた。カサッという音がした。そちらの方を見ると換気扇の下に、猫が隠れていた。

  

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なんだか、また入ってきそうな野心的な目をしていた。猫というのは元来したたかな生き物だが、野良猫というのは輪をかけてしたたかなものである。もしかしたらこの猫は旅館不法占拠の常習犯なのかもしれない。野良猫を退去させ、すこし落ち着いた気分でお茶を飲み、ふうと息を吐いた。

 

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他に宿泊客がいないらしく、旅館はシーンとしていた。

 

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 窓は曇りガラスであった。

 

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そうだ、別府に来たわけだし、温泉に入らねばと近くの温泉へ向かった。宿を出て行こうとすると、女将が温泉セットを貸してくれた。うきうきしながら近所の温泉にやってくると、受付の女性に、もう終了十分前だけど、大丈夫?と聞かれ、内心全然大丈夫ではなかったのだけど、ああ、全然大丈夫ですよと答え脱衣所に入った。旅情もへったくれもない勢いで、一瞬で体をあらい、一瞬で湯船に浸かった。30代の外国人が英語で日本人の中学生くらいの男の子と何かの議論をしていた。最近の中学生は賢いようである。

 

ふと、田んぼを見に大分にやってきて、別府にきたのに十分しか温泉に浸かっていないという厳然たる事実に気が付いた。なんて贅沢な、あるいは無駄な時間を過ごしているのだろう。大分といえば温泉、温泉といえば大分なのではなかったのか。

 

田んぼを見るために岩をよじ登ったりしていた僕はー本当に笑っちゃうくらいおおきいやつであるー足にすこし筋肉痛がきているのを感じた。湯煙の中、僕は北へ向かうマグロの話を思い出していた。回遊魚のマグロは基本的に同じコースを移動しているらしいのだけど、ある一定の確率で、なぜかコースを外れて北へ向かってしまうマグロがいるらしい。

 

北は基本的に寒いわけだし、なんとも愚かな行為な訳だけれど、通常のコースを泳いでいるマグロたちが気象異常か何かの出来事に遭遇して大量死を迎えた時に、そのはぐれものたちが達が生存することで種が全体として生き残るらしいのだ。

 

つまり、僕は温泉ではなく、田んぼを見るために岩に登ったりしていたことによって、北へ向かうマグロのような役割を果たしていたに違いないのである。しかし、きっと、今度大分に来るときには、体が許す限りの湯に浸かろうと心に誓った。

 

旅館に帰ってきて、テレビをつけて、ぼんやりと時間を過ごしていると1時を超えていた。せっかくだし、旅館の中でも撮っておくかと部屋を出た。

 

やはりなかなか味のある空間である。というよりも味以外のものは極度に捨象されていると言ってもいい。味だけが純化された空間である。

 

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ジャンプが積まれた木製の階段。

  

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一階におりていく。足音が聞こえたのか、女将が部屋から出てきた。

 

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「あら、せっかくなのでたくさん写真撮って言ってくださいね。古いくらいしか売りがないですけどね。お風呂場もなかなかすごいんですよ」

 

女将はなんだか楽しそうに風呂場を見せてくれた。怪しげなピンク色の明かりがともっていた。元遊郭の旅館でこれは少し淫靡だな……お入浴中はお静かにお願いいたします…おが過剰なのでは!?と思いながら写真を撮った。

 

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なぜかどぎついピンクの洗面台。 

 

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タイルもおしゃれな模様が入っている。

 

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「立派なお風呂ですね」

 

「このタイルはなかなかすごいんですよ。これはなんとかかんとか焼きでできたタイルで貴重なものなんですよ」と女将は言った。残念なことに何焼きだったのか忘れてしまった…すこし自慢げに話す女将さんをみて、80歳までこうして女将をしていたら、この宿ももう自分のアイデンティティのようなものに近いのかもしれないなと思った。

 

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「あ、そうそう、トイレもすごいんだから見ていってね」

 

女将はトイレのドアを開けた。もうかなりの老女なのだけど、元気に宿を紹介してくれる。

 

「これ、ウォシュレットなんですよ」

 

「ああ、この便器の底のやつですか」

 

「そうそう、背中のところに温度調節する奴がついていてね。ひねるとあったかいのが出るの。これは、なんでも本当だったら博物館に展示されるような希少なものなんですって」

 

「たしかにこんなかたちのウォシュレット見たことないですね。温度も調整できるなんて、昔から日本人はやたらとトイレへのこだわりが強かったんですね……」と感慨深げに感想を述べると女将は笑っていた。

 

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玄関口でも、この絵はだれそれがくれてねと言って、女将は宿の説明を延々としてくれた。僕はその時、もう冬であるにも関わらず、ほとんどパンツと言っていいような短パンにTシャツ一枚状態だったので、大変に寒かったのだけど、隅から隅まで説明をしてくれる女将さんの前でもう部屋に戻りますともいえないので、熱心に相槌を打ち続けた。

 

冬の真夜中にほとんどパンツ姿で玄関口にたち老女の話を聞いている僕はやはり北へ向かうマグロに違いないのだなと確信を深めたのだった。

 

朝起きると、部屋はすこし肌寒かった。しかし布団はなかなかあったかく体は冷えていなかった。起きてからも三十分ほどベッドの上でごろごろしていた。腕をさすった。野良猫が寝ていたわけだし、ノミとかにやられてないんだろうかと思ったのだけど、どうやらその心配はなさそうだった。

 

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「じゃあ、気をつけていってきてくださいね」

 

女将が見送りに出てきてくれた。足が痛いのか、膝をすこしさすっていた。

 

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「ありがとうございました」といって戸を開けると、あ、これこれといって、女将が板チョコをくれた。自分の祖母を見ているような気分になった。ああ、祖母にも長いこと会っていないなあと思った。

 

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遊郭は廃止され、旅館街に名前を変え、旅館街もどんどん小さくなってきている。きっとそう遠くないうちに普通の住宅街になっていき、歴史は図書館の片隅の郷土史書のなかだけの出来事になってしまうのだろう。

 

可能な限り安く航空券を手に入れるため、帰りの飛行機は愛媛発だった。フェリーに乗るべく、別府の港へ向かった。

 

別府はしとしとと雨が降り始めていた。

 

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