今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

隣の席の女の子が貸してくれた、宗田理「ぼくらの七日間戦争」

小学五年生にもなると、クラスは二分されることになる。中学受験をする者たちと、そうでない者たちだ。同じクラスの受験勢は、すでに中学数学を理解している者がいるらしく、教師に塾の宿題、それはxを含む方程式についての宿題の質問をしたりしていた。

 

関数というか、そもそも、ローマ字すら理解していない成績も中くらいの非中学受験勢のぼくは、やたらと勉強しているその人たちを何かとんでもなく頭の良い人たちであると認識していた。

 

秋口、席替えの結果、中学受験勢の女の子が隣の席になった。仮に山田さんという名前として話を進めていくと山田さんは、シャーペンまでイカしていてた。中学受験をするともなると文房具まで違ってくるのかと僕は戦慄した。

 

山田さんは昼休みになると、文庫本を取り出して集中した様子でページをめくっていた。xなる謎の記号を使いこなす山田さんが読んでいる本だ、何か深遠なことが書かれているに違いないとぼくはその本に興味を持った。

 

ぼくは、隣の山田さんに、何を読んでるのと聞いた。山田さんはひょいと表紙をこちらに向けた。宗田理のぼくらのシリーズの本だった。これおもしろいんだよ、と言って、あらすじを教えてくれた。ふーんと聞いていると、貸してあげるよと言って、引き出しからぼくらの七日間戦争を取り出した。

 

家に帰り、深遠なる本、ぼくらの七日間戦争を読み始めた。どうやら、この本はxについて理解していなくても読み進められる本のようだった。本の中では中学生たちが皆いきいきと管理教育的なものと戦っていた。つまり、中学生が学生運動をやるという本なのだが、ぼくはたんに、戦っている!すごい!とジャンプでも読むかのようにして本を読んでいた。

 

山田さんは、ほか何人かにも本の布教をしていた。布教された僕たちは昼休み集まっては、どこまで読んだ、あのキャラは誰に似ていると話をするようになった。

 

6年生になった。本を読み進めることにより、ぼくたちも何かルールと戦ってみる必要があるのではないかという話が会話に上がるようになった。ところが問題があった。平凡な小学生のぼくたちが戦うべき強固なルールなどというものは基本的に存在していないということだ。

 

しかし、なんでもいいから何かやりたかったぼくたちは、休み時間にそわそわとしていた。関数を理解する人間であるところの山田さんはインテリゲンチアとして指導力を発揮し、僕たちを放課後集めた。

 

山田さんは、夕刻の教室で、登れないように封鎖されている体育館の屋根の上にあがってみようと言った。そこに上がるには、体育館二階の事務室に忍込み、窓を開け外に出て、踊り場のようなところを数メートル移動し、体育館脇のむき出しのはしごを何メートルも登る必要があった。

 

一人はやめておくよと言って去っていった。結果、四人で登ることになった。じゃあ三日後ねと話を合わせその日を待った。

 

授業が終わったタイミングで体育館に集まった。事務室には幸い誰もいないようだ。僕たちは一人ずつ窓から外に出ていった。僕が三人目だったのだけど、四人目は外に出て来なかった。やっぱりやめておくよ、ここで待ってるねと言って事務室に残った。

 

三人ではしごを登った。山田さんが先頭だ。冷たい風が吹いていた。手が冷える。どんどん高くなっていく。視界がひらけてきた。

 

屋根の上についた。近くの家が見下ろせる高さだ。学校の近くの田んぼが見わたせた。山田さんは「わー高いね」と言ってうれしそうにしていた。ぼくはもう一人の友人と、体育館の屋根の上を走った。宗田理がまいた種は、なんだかよくわからないけれど、こうして体育館の上で発芽することとなった。

 

歓喜もつかの間、地上から、何やってるの!とブチギレ声が聞こえてきた。先生たちがぞろぞろ集まってきていた。

 

教頭室にぼくたちは集められた。ああ、終わったとしょげていた。どうなることやらと思ったけれど先生たちは怒っているというよりは、勉強ができる山田さんがなぜあんなところに?というようなトーンだった。

 

山田さんは中学受験のため学校を休んだりするようになった。春には希望通り偏差値70的な学校に進学していった。同じく春に、ぼくは地元のヤンキー多めの中学校に進学した。

 

僕の1ミリくらいの大きさの学生運動が終わった。