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川上弘美の「真鶴」を読んで真鶴市観光をしてきた。どかどか聖地巡礼の旅

川上弘美という作家がいる。ついこの間、泉鏡花賞をとって話題になったようだ。代表作の一つが「真鶴」という小説である。

 

主人公は、失踪してしまった夫の日記帳に書いてあった「真鶴」という言葉に駆り立てられ、東京と、真鶴の間をいったり来たりする。ざっくりいうとそれだけの小説である。ちなみに、夫の名は礼といって、0つまりゼロで不在である。存在しないこと、存在すること。そういったことについて言葉をつづるというのはどういった行為なのか、とかそんなことがテーマになっている小説である。

 

と、まあ、ありきたりな感想を書いてみた。私自身が、川上弘美のよい読者かというと、全くそんなことはなく、数ある著作の中で、読んだことあるのは、この真鶴だけで、かといって、この本に痛く感銘を受けたとかそういうわけでもない。

 

ただ、文学研究科の院生の先輩と、旅行に行くためのひとつの口実としてこの真鶴という本が用いられただけのはなしである。好きな子と遊ぶために、映画に興味があるふりをしたりするみたいなアレである。

 

先輩とは意味もなく、集まりっては飲んでいたので、いつぞやの話である。 

 

川上弘美にかこつけて、真鶴に行くなどどうでしょう。」

 

「いいね、行こう」

 

「何がありますかね」

 

先輩はウィスキーを傾けて言った。

 

「たぶん、何もないんじゃない」

 

「いや、行けば、何かあるでしょう」

 

「そう…」

 

その場にいた、文学部の後輩の強制連行も決まり、真鶴へのお出かけは決行されることとなった。

 

東京は池袋より、電車で揺られること、2時間、真鶴駅に到着した。わたしと先輩は一緒の電車で、チェーンスモーカーの後輩は先について煙草をもくもくと吸っていた。

 

 

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何とも渋い。 

 

この半島が鶴に見えることから、真鶴という名前になったらしい。

 

 

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「これはたしかに鶴だわ」と先輩は言う。

 

「え、どこがですか」

 

「え、どうみても鶴でしょ」

 

「え、」

 

人によって、この形が鶴に見えたり見えなかったりするようである。わたしは、いまだに、何が鶴なのか、かけらも理解することはできない。しかし、何百年と使われてきた地名である。これはきっと鶴なのだ。

 

この真鶴には、鶴ともう一つ有名なものがある。鰺である。秋晴れの青い空、坂道を登ったり下りたりしながら、駅から徒歩数分のところにある、みなと食堂という定食屋へ向かった。なんと、長蛇の列。真鶴では有名な店らしい。

 

なかなか、順番は回ってこない。後輩は店先でうまそうにぷかぷかと煙草を吸っている。

 

いよいよ、列が減り、席に座り、注文をした。鰺の定食である。これがおそろしくうまかった。鰺の旬がいつなのかは、寡聞にしてよくしらないのだけど、油がたくさん載っていて、口の中がとろけそうだった。フライなど、さくさくふわふわでじゅわじゅわなのだ。

 

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腹を満たした我々は、チェックインをすますべく、入船という旅館へと向かった。小説の中では、たしか砂という民宿に泊まるのだけど、そんな民宿は存在していない。もちろんフィクションなので当たり前なのだが残念である。

 

真鶴はユーミンの悲しいほどお天気が脳内再生されそうな雰囲気の街だ。道は港までの緩やかな下り坂で、潮風がゆったりと吹き上がってくる。観光地化もあまりされていなく、日々の生活がにじみ出ている感じがすきである。

 

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旅館につき、ドアを押し開ける。受付には誰もおらず、用事があるものは、ここに電話しろというメモが台の上に残されていた。内線番号を叩くと、おじさんが出た。気さくな声で。いまから、美人な女将が向かうからちょっと待っててと。

 

なるほど、深津絵里似の、きれいに着付けた着物姿の色白の女将が、ちょこちょこ小走りにやってきて、「すみませんね、お待たせしてしまって、ささ、こちらへ。今日は、どちらからお越しになったんですか」

 

「いやまあ、ちょっと、東京のほうからね、はは」

 

「そうですか、手狭なところですがどうぞごゆっくりなさってください」とやさしい微笑みを投げかけてくるのだ。

 

3分ほどそんな妄想にふけっていると、女将が現れた。耳にピアスを10個ほどつけ、パンク趣味な服で身を包んだ女将が。

 

確かに、かわいいのかもしれない、がしかし…女将の概念からあまりにもはなれていないだろうか。もちろん、 勝手に妄想していたのはこっちである。やや納得いかずも、まあ、これはこれで、面白くてよいではないかと思いつつ、予約してたきくちですと告げると、パンク女将はこう言った。

 

「私たち、どこかで会ってますよね」

 

もちろん、あったことはない。

 

神妙な面持ちで、どこかで見たことあるような気がするんだけどな、なんて言ってくる。

 

後輩が近寄ってくる。

 

「あの人ちょっとやばくないですか…」

 

パンク趣味ではあきたらず、第六感働く系女将だったようである。ちなみに歳は30前半くらいだろうと思われる。こんな片田舎で、いかような曲折を経てあの濃いキャラクターは生み出されたのだろうか。

 

広間を横切り、女将に部屋まで案内される。

 

「真鶴はね、お魚がおいしいですからね」

 

「それはすばらしい」とわたしが言うと

 

テトラポッドを挟んで向こう側の岸のに酔いっていうお店があって、そこに行くとおいしい煮つけが食べられて、飲み食いしても3000円いかないよ」

 

「それはよい。きくちくん、今日はそこにしよう」 

 

「はい、まちがいないですね」

 

女将はスパンコールばりのピアスたちを燦然と輝かせながらにやり笑みをうかべ、ああ、布団干しっぱなしだったと慌ただしくどこかへ消えていった。少しほこりくさい畳張りの部屋で、秋だというのにガンガンクーラーをかけて、 日差しの差し込む窓辺に、寝っ転がった。

 

「これからどうしましょう」と後輩が言う。

 

「そうねえ、まずは、日本酒を買いに行くか」

 

先輩は大学院のストレスを酒で発散させるのが日課となっているらしい。

 

でも、その酔いって店行くんですよねと私が聞くと

 

「ばかだな。部屋で二次会するに決まってるだろ」

 

「先輩は夜更かししない人間だからどうせすぐ寝るじゃないですか」

 

「きくちくん、ちょっとだまってて」

 

先輩は、こいつはいかにも不遜なやつだという視線をこちらに向けて、じゃいこっかとつぶやいた。

 

疲れたので終わり。