今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

上海でおなかが壊れた僕たちの、心のベスト10、第1位はこんなトイレだった。中国廃墟潜入編⑧

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翌朝、無事船は枸杞島を出発するらしいことを知った。宿のおばちゃんが教えてくれた。

 

おばちゃんは突如やってきた日本人たちに、紫貝のようなものを手でむいてでくれた。おいしい、おいしいといって、みんなで何個か食べた。おばちゃんは真っ赤な頬を緩くひき上げてにっこり笑い、陽気な中国語で僕たちを送り出してくれた。お世話になったピンクのおばちゃん!

 

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ピンクのおばちゃんの旦那的な人物がひょっとあらわれて、やあやあ、僕が君たちを送り届けるよといった感じで、僕たちを港まで連れて行ってくれた。おじちゃんはイケメンで気のいい人だった。中国語がわからないので、何をしゃべっているのかはまるで分らないのだけれど、港までの道、おじちゃんは、また来てくれよなあと、どうやら僕たちをねぎらってくれているようだった。海はしずかで日の光りをゆったりと照り返していた。航路の天候は目下安心そうであった。

 

おじちゃんは僕たちに中国語をしゃべりつづけ、僕たちは最高だったぜ的なボディーランゲージを送りかえし続けた。船着場につくと、おじちゃんは復路のチケットを買ってくれた。

 

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これで大丈夫だ、はっはっはと去り口上を背中越しに、おじさんは宿へ帰っていった。

 

 

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いよいよ、枸杞島ともお別れだ。

 

さよなら、枸杞島!

 

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行きのフェリーはとても狭いうえに、乗客が大変にうるさかった。ほとんど苦行といえる航海であった。帰りは、ちょうどよい時間帯にすこし良いクラスの船があったのでそれを選んだ。チケット代はやや高かったものの、船内は比較的ゆったりとしていて、過ごしやすそうな空間になっていた。

 

ああ、落ち着いて帰れるなあと思いながら、席に着こうとした。しからば、僕の座ろうとした席には、老婆がぎゅっと膝を抱えて座りこんでいた。あれ、とおもい、チケットの座席番号を確認し、あたりを見回し、うーんやっぱりここだよなあと、もう一度、目の前の座席番号を確認した。そこはやはり僕の席であった。僕の席で、老婆はひっくひっくと涙を流していたのだ。

 

僕は狼狽した。なんなんだ、この老婆はと。チケットを見せ、この席は私の席なんですよとアピールをしてみる。しかし、号泣老婆はこちらを向こうともせず、あ~とかう~とかひっくといった音をたてながら、涙を流し続けていた。僕は、上海までの帰りの3時間を立って過ごすのかと急進的な不安に駆られた。乗客たちは、こいつ邪魔な場所に立ってるなと僕にごつごつぶつかっていった。船はそろそろ出向なのか、カサカサしたスピーカーから中国語の案内が流れ始めていた。

 

3分ほど座れずに立ち尽くしていると、突然、行の船で僕たちに飴をくれた紫のセーターのお姉さんがあらわれた。偶然にも、帰りも同じ船の近くの席だったのである。僕たちのことを覚えていてくれたようだった。僕のほうを向き、困ったことになっちゃったねというような表情をして、お姉さんは、老婆に何事かを話しかけた。しかし、老婆の号泣はやむ気配もなく、相手をする気もなさそうだ。紫セーターのお姉さんは、ひきつづき、この人が困っているからどいてというような説得を試みてくれるも、老婆は大粒の涙を流しながら、怒鳴るように何かをわめいて、頑として屈強な体育座りを崩さないのであった。

 

帰りはゆっくり帰れると思ったのに……しょっぱなからトラブルに巻き込まれ、強固な体育座りを前に悲しみに暮れていると、説得を試みてくれた、紫セーターのお姉さんは、両手をちょっと挙げて、困ったねジェスチャーをして、ここに座ったらと自分の横の席に座るよう勧めてくれた。

 

なんていいお姉さんなんだと感心して、シェーシェー、シェーシェーと感謝を伝えると、お姉さんは、小さな革のバッグをあさって、行きの船とおなじ飴を僕にくれた。僕は飴を口に放り入れて、また、シェーシェー、シェーシェーと言った。お姉さんはボロボロになっている紫セーターの裾から手を出して、いえいえとでもいうかのように手を軽く振った。

 

英語は通じないようだったので、どこに住んでいるんですか?ってたしか、ナーリ?とかなんとかだったよなあと、なけなしの大学一年生不勉強教養科目中国語で聞いてみると、にこっと笑って、ナンジンと答えた。ナンジン……?ああ南京のことかと、思い当たり、こっちはトンキンから来たんだよと伝えた。

 

あ、もしかして、南京の人に東京から来たとかいうとあんまりよくないのかなあ無邪気だったかなあという意識が頭をよぎるも、紫セーターのお姉さんはにニコっと笑っていた。

 

それから、学生ですか?とかそんな感じのかりそめのおしゃべりをして、眠りについた。古い船のごごごごごというエンジンの振動は背中にいがいと心地よいもので、どろっと意識をうしない、目を覚ますと船は上海まであと数分という距離だった

 

紫セーターのお姉さんに、もう一度シェーシェー、シェーシェーと告げた。傷んだセーターの裾をゆらしながら、軽く手を振ってお姉さんは人でパンパンのターミナルの中に去っていった。僕は、これが旅の出会い、そして別れなんだなあ、かりそめの出来事だなあとおもった。 

 

市内までバスに乗り継ぐ必要があった。バスターミナルは人でごった返していた。

 

「おなか痛いんだけど……」

 

僕は、腹に鈍痛を感じていた。

 

 「山田も痛いみたいです」

 

加藤はひょうひょうとそう言った

 

「僕も痛いですね」

 

オネットも腹痛を抱えていた。

 

加藤以外の三人がほとんど同時に盛大にお腹を崩壊させた。

 

「これから、バスじゃないですか……」

 

オネットは悲観的な口調で言った。

 

「途中で降りれないからなあ……波が来たら死ぬしかないな……」

 

僕は、ちこくぎりぎりの電車に乗ったにもかかわらず、おなかが痛くなってしまった時の絶望的なシーンを頭で反復させていた。 

 

山田はかなり深刻に体調が悪そうで、しばらくすると言葉すら発しなくなった。

 

「まずいねえ」

 

「まずいですねえ、バスの中にトイレ内ですしねえ……」

 

「あるわけないですよね…」

 

「ここは中国だからねえ、止まってもらおうたって言葉もわからないしねえ」

 

「こまったね……」

 

そんな会話をしながらバスを待った。

 

「皆さん大変ですね」

 

加藤はスマホで地図を見ながら言った。加藤はやたらと地図を見ている男だった。

 

「加藤君は何ともないの?」

 

僕は尊敬のまなざしで加藤を見た。

 

「そうですね、大変申し訳ないのですが、平常運航です」

 

こともなげに加藤は言った。加藤はいつもこともなげな男だった。

 

バスは無機質に到着し、僕たちをのせると、無慈悲に出発した。

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上海市内まで一時間ほどだった。固い座席に腰かけた。バスはガタガタ揺れた。神に祈る気持ちで、風力発電の風車がぐるぐる回っているのを見つめた。僕の腹痛とは、全く関係なく、バスはがたがたぐんぐん進み、風車は快調に回転し続けていた。

 

奇跡的達成として、僕たち3人は腹痛のビックウェーブを各々回避することに成功した。市内についたときは、安堵の感が体を包んだ。よかった、これで何もかもうまくいったのだと。

 

いったい、何が原因だったのだろうか。僕たちには心当たりが多すぎた。朝食で食べた衛生状態不明の肉まんやスープたち、夕飯のまずすぎる鍋、過度な飲酒、今朝のおばちやんが向いてくれた紫貝。どれかのせいかもしれないし、すべてのせいであるのかもしれなかった。

 

そのあと僕たちは、10分歩いたらトイレ、10分歩いたらトイレという調子で上海市内を観光した。

 

「トイレ…そろそろトイレじゃないかな……」

 

僕が腹をさすりながら、おもむろに言い出す。

 

「奇遇ですね、僕もトイレだとおもいます」

 

オネットが言った。

 

「また、トイレ行くんですか、じゃあその百貨店行きましょう」

 

加藤は浅薄な感じに言った

 

「……」

 

山田かわらず沈黙していた。どうやら山田は熱もあるようだった。

 

今回の旅行で、ドアがないトイレ、ハエが大量発生しているトイレ、便器からこぼれまくっているトイレ、水路が一通につながっているトイレなどなど、中国の洗礼と言わんばかりのいろいろなトイレを目にしてきた。トイレにはなにも期待していなかった。水風呂に足をつけるときのような虚心でトイレに入った。百貨店のトイレは、清潔、抗菌、ひと時の静けさを醸す、うつくしきトイレであった。なんていいトイレなのだ。僕は、そのトイレにおおいに感動したのだった。

 

「このトイレは、きれいだった。ベスト・トイレ・イン・上海だなあ」

 

僕は、上海の硬質な夜の光りを眺めながら、つかの間の腹痛からの解放に歓喜した。

 

「確かにこのトイレは優れたトイレでしたね」

 

人ごみの路上でオネットはいつもの調子で低温を響かせて、ホッホッホッと笑った。アジア的喧騒がよく似合うやつだなと思った。

 

川沿いには摩天楼がそびえたっていた。きらきらの景色だった。しかし同時に、おもちゃみたいな嘘くささがあった。夜景を眺めていると、目の前を、白いドレスをまとった、長身の美しい女性が、奇妙に高いハイヒールでカツカツカツと鳴らしながら歩いて行った。手には溢れる落ちるような大きな花束を抱えていた。そんな光景とともに、ビルはぎんぎんに発光し、人生はしょせんはショーなんだぜとうそぶいているような気がした。

 

川沿いはビュービュー風が吹いていた。ぼくは、あんなところで働いている資本主義の頂点的な人たちもちゃっちいものを食べて、おなかを壊し、苦しんだりするのだろうかとすこしのあいだ考えたりしていた。

 

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