神楽坂の隅にある、第三玉の湯。東京の銭湯というのはだいたい熱い、もれなく玉の湯も熱い。湯につけた足先がひりひりするも、我慢して体を沈めていく。熱さに慣れてきたら、ジェットバスの激流を背中にぶつける。叩きつける水流はさながら滝行。除念、陶冶、煩悩滅却である。20分ほどで体が尋常ではない熱を持つので、ひーという声を上げながら脱衣所に戻る。しばしの、呆然のあと、銭湯を後にする。
自転車にまたがる。水を買って、ボトルをひねり、涼をとる。一息ついて、一緒に来た友人に、さも意味深なムードを作り、あのさ……と告げる。
深夜だけやっているラーメン屋があるらしいんだけどさ、行ってみない?
間髪入れずに、何それ行こう!という返事が返ってきたので、僕たちは、画一的に照り付ける街灯の下、ラーメンをめざして歩き出した。
午前0時を過ぎた神楽坂は、大変静かだった。石畳を歩くと、カッカと音が鳴る。
誰もいない街、を自転車を押してつかつかと歩くのだ!
着いた!!食べログによれば、ここに店があるはずとのことだ。ネットを使えば、すべてが一瞬で見つかるものだ。21世紀はすごい、勝利を確信し、店の前にあったベンチに腰掛ける。
開店する気配がない…… 店から店員が出てきた。お、やっと開いたのかとどきどきしていると、まる田に来たの?あれ、もう移転しちゃったよ、ここを下っていったところの焼き鳥屋に入ってるらしいよ。そう言って、店員は風のごとく去っていった。
「どうしよう……移転してしまったらしい。どこだ…」
僕はにわかに動揺した。
「食べログを過信しすぎたね、とりあえず、降りて行ってみようか」
友人はやさしかった。
とにかく、下っていったところにあるらしかったので、僕たちは、言われて通りに道を下った。街を駆け抜けた。
神楽坂の端のほうを探してみた。ほとんどの店は閉まっており、そもそも営業している店すら三つからないような状態だった。
「どこだ。見当たらないぞ」
「焼き鳥屋って言ってたよね」
「う~ん、これより先に行っちゃうと神楽坂を出ちゃうからなあ」
なんていう話をしていると、深夜だけ営業しているラーメン屋、まる田は突如目の前に姿を現した。ただでさえ分かりにくいのに、植物が入り口を覆って、さらなる分かりにくさを演出していた。
「これか~わかりにくすぎじゃない!?」とかなんとか言いながら、友人と歓喜を分かち合い暖簾をくぐった。
(ちなみに場所は串焼きてっ平で調べるとよい)
落ち着いた雰囲気の内装だった。先客が二人いた。ラーメンは950円と少し高めだ。
いや、これはなかなかいい探検だったなあと、二人で感慨に浸っていると、ラーメンはやってきた。
古典的なラーメン碗に古典的醤油ラーメンである。いやあ、ネギがいいね、いや、むしろメンマなどと言いつつ、箸をつけた。
「これは、むむ、うまい!」
「ずずずず、おいしい!」
ラーメンとしてうまいかといえば、普通のラーメンなのだが、深夜に食べるラーメンは破壊的にうまいのが常である。無心で麺をすすった。ソビエトロシアでは、ラーメンが人を食べる、そんな気分だった。
「大勝利だなあ、いい休日になった」
春先の花粉に加え、ラーメンの豊かな湯気により洪水のように鼻水が出てきた。
「そうだね。しかも、明日もやすみだからね……」
友人はニタリと笑った。
鼻歌まじりで帰路に就いた、3月の夜のお話であった。