beautiful city... beautiful city..... さよならさ 池袋の楼上…
上海蟹食べたい!と言うことで、中国現地度の高い店が日に日に増える池袋にやって来た。
とにかく鬱陶しい道端の黒服キャッチ集団を無表情で回避し、猥雑な北部池袋を歩く。池袋ウェストゲートパークならぬ、池袋ノースチャイナタウンである。ロサ会館の手前のあたりの小さな雑居ビルの3階に上海蟹が待っている。エレベーターに乗り込む。
大沪邨と書いて、だうつん。いい響きである。だう、これは力強く、つん、これは可愛らしくしまりが良い。一体どういう意味なのだろう。戸を開けるとほぼ満席で、なかなか賑わっていた。聞こえるのは快活な中国語ばかりで、どうやら、中国の人たちが多いようだ。席につくと、やはり中国系と思われる店員がメニューを持って来て、予約?蟹?と聞いてきたので、蟹です!と告げると、店員は店の奥に去っていった。
蟹以外について検討すべく、メニューを見ていると、すぐ、テカテカに光る上海蟹がやってきた。酔っ払い蟹というらしい。酒につけこまれ、眠るように死んでいった蟹達……夢のようでもあり地獄のようでもある。蟹たちには、今に動き出してもおかしくないようななまめかしさがあった。紹興酒ベースの醤油だれからは甘やかな香りがした。
四人でじっと蟹を眺めていた。そう、だれも蟹の食べ方が分からないのである。一同皿を凝視していると、店長と思わしき中国系の70代の男性が、テーブルの前にたち、「はい、じゃあ、むくね〜」と行って、蟹をバキバキに割り始めた。
蟹からしぶきが弾け飛び、机の上が蟹エキスでびちょびちょになっていく。器用に爪楊枝で、食べられない部分をほじくり出してくれる。硬い甲羅が毟り取ら外されると、その無用に堅そうな殻からは想像できないようなとろりとした卵が現れた。紹興酒だれがウニを怪しげに光らせる。完璧ではないか。
勢いもそのままに、甲羅を持って、卵を流しこむ。なんともうまい。酒が染み込んだ罪深い味がする。淡水の蟹のわりに臭みもなく、甘やかだ。上海蟹は身はすくないのだが、胸のあたりの殻を指でギュッと押すと身とたれがじゅぼぼとでてくる。最後に残るタレの香りがたまらない。
みな、むしゃぶりついている。僕の隣に座る大学の頃の後輩は、日常着が、着物らしいのだが、やはり本日も着物であった。なんで着ているの?と聞くと、それはただ着心地がいいからですよ、と答えた。着物で上海蟹を食べるというのも不思議な光景のような気がしたが、中華料理屋というのは懐が深いもので、全てを許容する雰囲気があった。
鴨の焼いたやつ。ほのかな八角の香りが品がある。
石庫門。紹興酒は、もう一本の瓶の方が熟成されていて抜群に美味しかったのだけど、写真を撮っていなかったのでなんだか忘れてしまった。
肉野菜炒め。これがうまい……派手なうまさではないのだけれど、良い火入れで野菜はシャキッとしているけれど、甘みが出ていた。
隣の席の中国人の方達のグループが頼んでいた蒸し鶏がうまそうだったので、同じやつをと言って頼んだ。ぷりっぷりだった。上海蟹の紹興酒エキスをつけると、これまたなおうまい。
とかなんとかやっていると、茹で上海蟹がやってきた。熱が入って、甲羅が赤々と染まっている。拘束具がはめられていると蟹の強さが際立って見える。オレを食べる?フザケンナヨ!とか言ってきそうである。
おっちゃんがやってきて、また、バキバキと殻をむいてくれる。「痛いよ、熱いね、ああ、痛い、むきすぎて、指痛いね」とおっちゃんは言う。蟹も「オラオラ、オレタチマケネエカンナ!!」といったかんじで、むき出しの殻とその熱で全力敵対体制なのである。だが、しかし、百戦錬磨のおっちゃんを前にどうやらなすすべなしなのであった。
蟹が剥きあげられた。甘い黒酢風味のタレをかける。黒いタレとのコントラストがまた最高なのである。卵を食べたら、かぶりついて身を吸い込む。
スペアリブ炒め。これはちょっと固かった。野菜炒めは王道のうまさである。中華の野菜炒めはむやみやたらにうまい。
最後に、オイスターソースの肉炒め。この塩気が酒を誘う。紹興酒とよくあう。
蟹剥きのおっちゃんがやってきた。おとこ四人?あらまあと笑って「乾杯!」と宣言した。僕は、紹興酒を一息に飲んだ。おっちゃんは白酒を持ってきて、「どうぞどうぞ」とそれを注ぎ、また「乾杯」といって酒を飲んだ。
僕は白酒が好きじゃないので、カップを持ち、飲んでいるかのようなそぶりを見せ、こっそりかつ巧妙に白酒を回避した。70代だというのに凄まじく元気なおっちゃんは、白酒を飲んではああと深く息をついた。地の酒を飲むというのはこういうことなのだろうなという息遣いだった。
蟹も大変良かったし、何やら、ロブスターもあるらしいので、
(スコーン、酸菜、うなぎ、池袋『老上海 大滬邨(だうつん)』の上海蟹宴会 - 日毎に敵と懶惰に戦う)
これは間違いなく、また来なければならない店に違いないと思いながら、最後にちょっとだけ白酒を飲んだ。やはり、白酒は少し苦手な味である。