用事があって名古屋にやってきた。何もないと言われる名古屋であるが、何もない度では他に引けを取らない埼玉から来た僕たちは、密かに興奮していた。名古屋めしを食べつくさん。そんな1泊2日の記録である。
朝10時を少し過ぎたころ、名古屋駅に到着した。
今食べると、昼ごはん食べられなくなるかなと配偶者に言うと、配偶者は「え?」と驚いたような声をあげた。自らの気合いが足りていないことを知った。そう、来たら、ただ食べるだけなのである。
うまいと噂の、駅中のきしめん屋、住よしへ。あるホームは並んでいたが、僕たちの入ろうとした店は空いていて特に並ばず入店することができた。牛肉と卵を載せたものを注文した。皆静かに食べている。雑踏と高らかに響く構内アナウンスの音が何やら気分を盛り上げる。
やや熱が入って固まりつつある卵を崩して、混ぜ合わせる。汁の匂いが立ち上がる。味の濃い牛肉と、やや小ぶりの卵が合わさり麺の旨さを引き立てる。駅でパッと食べるものなので、量は少なめだが、なかなかうまい。
きしめんというのは、やたらとまっすぐ垂直に口に入ってくるため、あまり汁を持ち上げない。そのため非常にさっぱりとした印象がある。この食べやすさは、朝ごはんにも、残業終わりにも、酒飲み後のしめにもいいだろうなあと思った。
用事1を済ませ、昼である。名古屋といえば、ひつまぶしである。僕はひつまぶしはかなり好きで、楽しみにしていた。名古屋にきたら、これは抑えておかなければならないだろう。
ひつまぶし花岡
待っているのは目視で4組だったので、せいぜい1サイクルくらいだろうと思った。つまりまあ、15分も待てば入れるのでは?と呑気に列に加わった。しかし、これが大きな誤りであった。
待ち時間20分を過ぎた頃、我々は、判断に迫られた。たった4組である。いくらなんでもそろそろ入れるだろ、せっかく20分待った。しかし、まだ、ひと組みも呼び混まれていないのである。結論から言えば、僕たちは並び続けたのだが、結果、1時間待ったのである。完全なる敗北である……ちなみの僕たちのあとにきた客は、ほぼ待ち時間なしで入れていた……
うなぎ待ちはほとんど無限のように思われたが、ついにそれはやってきた。うなぎは木製の器に溢れんばかりに積み上げられており、神聖なる土俵を思わせた。隣に座っていたラグビー部風の屈強な体型の男も、これはなかなかお腹いっぱいになるななどと言いながら店を出ていった。焼きの入れ方もとても良い。
ふくらみを感じさせる、二重に重ねられたうなぎ。
まずはそのまま
薬味とともに
お茶漬けで。ひつまぶしの味の展開性は目を見張るところがある。
そして、漬物と一緒に。花岡のひつまぶしは、梅干しが入っているのが特徴だ。この梅干しがちょっと甘めで柔らかく、最後にお茶に崩すと雰囲気が大きく変わり、さっぱりと食べられた。美味しかった。
配偶者は用事2を済ますため、別行動となった。特になんの予定があるわけでもなかったので、あたりをブラブラした。名古屋は区画が整然としている。
洋菓子 ボンボン
ここは洋菓子屋がやっている喫茶店で、名古屋でも比較的有名な店ということだった。店内は、落ち着いた雰囲気で、内装は歴史を感じさせた。


ショートケーキを食べる。ショートケーキというのはシンプルだけど、たまに食べるとやたらとうまい。古典的であり、ケーキ界隈の保守本流である。ショートケーキの苺は加減が難しい。甘過ぎてはアクセントにかけるし、酸っぱ過ぎては、全体のバランスを喪失する。この苺は、したり顔で、適切な役割を果たしていた。
日も暮れて完璧に夜である。配偶者は用事がまだ終わらず暇だったので、酒でもちょっと飲むかと、バーに行くことにした。昔、Twitterで勧められていたバーが良さそうだったのを思い出し、円頓寺商店街のすぐそばのbar naveに入った。
岐阜の蒸留所で作られている金木犀のジンのカクテルを飲む。金木犀の酒はあまり金木犀っぽさが感じられないことが多いが、この酒はけっこう金木犀の良い部分が出ていた。
人気のなくなった円頓寺商店街をぶらぶらして配偶者と合流した。
腹も減り、商店街のすぐそばにあったので、どて焼き五條という店へ。なかなか渋い。
夫婦でやっている店のようである。店に入るやいないや、おばちゃんが、夫と思わしき人に、私は仕事してるんだから話しかけるな!と言い放った。配偶者は顔に無を浮かべていた。これはまずいこととなったとビビりながら席に着くと、おばちゃんはカウンターの中で、小さなグラスでぐぐぐっとビールを飲んだ。
恐る恐る注文する。
どて煮
名古屋おでん、手羽先などを食べた。そこそこおいしかった。名古屋の味噌は全てを同じ味にしていく。長い間使われ続け、塗装がはげてきたコの字型のカウンターで背筋を正す。そそくさと店を後にした。


蛇に睨まれたネズミのような心持ちでホテルに戻り、荷物を置いた。吐瀉物が道端に飛び散っている錦の真ん中だったので心配していたけれど、部屋は小綺麗だった。なんか、まだ夜も長いし、ちょっと茶でも飲みたいねと言うと、配偶者も、夜でもやってる喫茶店とかあるのかねと言うので、すぐに夜の街に戻ることにした。
Google mapで検索すると、西原珈琲店という店が出てきた。狭い道の奥に扉があって、店の中は街の喧騒から離れたような静かさがあった。
過度に混んでもおらず、適度なざわめきが蛇睨みにびびった心を落ち着かせてくれる。
近所にあったら最高なのに……
チョコレートのケーキとカフェオレを飲んだ。寒くなってきているので、体があったまった。眠くなってきた。
翌朝、名古屋といえばモーニングである。前日、配偶者が、地元を生きる名古屋民から聞いてきたモーニングを食べるならここだ!という店があるとのことなので、いってみることにした。
Coffee house kako
店構えはおしゃれなカフェという雰囲気だが、中は昔ながらの喫茶店的な雰囲気だった。手書きのポスターなどがたくさんあり、家的な雰囲気があった。
小倉トーストにホイップクリームとジャムが載っている。うおお、甘そうだ……と思ったけれど、食べてみるとそれほどでもなく、美味しく食べることができた。
甘かったから、しょっぱいもの食べたくなってきたな……と言うことで、名古屋の有名喫茶チェーンコンパルに行くことにした。
栄駅の地下にある店舗に入った。コンパルは、エビフライサンドということらしいので、注文をした。これがとても美味しかった。パリッとしたトーストに、キャベツ、エビフライ、タルタル、卵焼きが挟まっている。この組み合わせがよいのだ。噛むと、軽く酸味があって、どうやらとんかつソースも入っているらしい。これがちょっとしたアクセントになっていた。
名古屋発のメジャー喫茶店というと、コメダ珈琲なわけだが、コンパルというすぐれた喫茶チェーン店を隠し持っている名古屋の文化力の強さを感じた。
「いやあ、朝から喫茶店2件行くと、割とお腹いっぱいになるね」と僕が言うと、配偶者は「え?まだいけるよ」と言った。名誉のために言うと、配偶者は、あくまで標準的体型である。僕は、これはまずいと思い、そうだ、名古屋城いってみようよ、行ったことないんだよねと話題を逸らした。
全く期待していなかったけれど、名古屋城は意外と楽しかった。
名古屋城で2時間ほど時間を潰し、みそかつを食べに矢場町へ向かう。こうやって書いていると、いったいどれだけ食べるんだという気になってくる。よそ者からすると、名古屋のみそかつといえば、矢場とんである。観光客が来ているのか、地元でも愛されているのか矢場とんの前には30人くらいが列をなしていた。
すごい混雑なので、矢場とんには入らず、近くにあったすゞ家という店へ。
味噌はセパレートされていた。ソースもある。たしかに、みそカツというのは途中で飽きがちだから、ソースもあると雰囲気が変わっていいなと思った。赤味噌の味噌汁が白米を引き立てる味わいでうまい。
いざ帰らんと、名古屋駅へ向かう。お土産は千寿の天むす。(これは名古屋発祥ではなく、三重らしいが)
新幹線の中で開封する。イナダシュンスケさんが推していたので気になっていたのだ。
普通のおにぎりよりも一回り小さいくらいの大きさだった。噛んでいるとエビフライが出てくる。さっぱりとした塩味で、米とエビの比率もよく、徐々に米と衣の油が混ざっていくのがいいかんじだ。小さくてもよく考えられた料理である。濃い、甘い、しょっぱい!だけじゃないんだぞ、と天むすは言っているかのようだった。
食べてばかりいただけだけど、少し疲れて、新幹線に乗り込んだら、すぐ寝た。