今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

一泊二日、神奈川を食べる。海でとんびに襲われる。

 

横浜でビーフシチューを食べるのはいい感じである

配偶者が、逗子の宿に泊まれる権利をラッキーで獲得してきたので、神奈川巡りをすることになった。埼玉から電車に乗って1時間とすこし、横浜についた。中華を食べようかという話をしていたのだけど、元町・中華街駅で降りるとエスカレーターに長蛇の列ができていて、これは大変なことだということで中華ではないものを食べようということになった。

 

横浜ということで、ここは港、外国文化が流れ込む街ということで、洋食屋がよいかなということになった。もともと配偶者が文学館に行きたいと言っていたので、山手の方面で調べているとロシュという店があったので行ってみることにした。

 

 

Googleマップのレビューを見ると、1時間ほど待つぞと書いてあったので、ダメかなあと思って店の前まで行ってみたのだけど、15分くらいで入ることができた。

 

 

ビーフシチューを注文した。よく煮込まれていてなかなかおいしい。横浜を感じる。おしゃれである。

 

 

春は横浜、バラがいたるところに咲きたる

 

春の横浜というのはとても良いもので、バラがいろんなところで咲いている。ひょんとやってきたのだけど、もしかすると、一番いいタイミングでやってきたのかもしれない。

 

 

無声映画を見る

 

神奈川近代文学館をぶらぶらと見て、ちょうど古い無声映画に生でセリフを充てるという公演がやっていたので観劇をした。山内菜々子さんという方が一人ですべてのセリフに声を当てるてているのである。この読み上げる行為を活弁というらしい。公演のあとに活弁とは何なのか解説があったのだけど、セリフは活弁の人が書き起こすものらしい。すごい技術だなあと思った。

 

 

海でちくわをかじる。海は危ない。

 

逗子に泊まることになっていた。逗子は初めてのような気がするのだけど、もしかしたら大学生の時に一回行ったことがあるような気もする。大学を卒業して10年以上たつとすべてがあいまいである。

 

配偶者が「逗子はスズキヤというスーパーがあって、そこの弁当がうまいらしいんだよ」と言っていた。配偶者の中で、夕飯はそのスーパー一択となっている雰囲気だったので、逗子駅に着いたらそのままスズキヤに入った。

 

 

総菜コーナーに向かった。のり弁が有名とのことで買ってみることにした。

 

「あともう一つどれにする?」

 

配偶者は「え? ひとつ?」と誰が一人一つであることを決めたのかという表情をこちらに向けていた。僕たちは、弁当を三個に、納豆、パン、ジャム、ちくわも買って、さらにはアイスも買った。配偶者は満足そうであった。

 

宿へ向かって歩いていく。スーパーでたくさん購入をしたけれど、我々は、さらに練り物を購入した。

 

 

ぎょぎょ揚である。

 

 

ぎょぎょ揚をかじりながら宿へ向かっていく。

 

 

だんだんと陽が落ちてきていた。せっかくなので、真っ暗になる前に海に出たい。

 

 

宿にチェックインをして、荷物を置いた。受付にチラシが置いてあり、チェアリングしませんかと書いてあった。チェアリングというのは任意の場所に椅子を置いてくつろぐというやつである。

 

え、これいいじゃんとなり椅子をかついで海へ向かう。日が落ちる前に、浜辺まで来ることができた。

 

 

海でも見ながら食べようといって、スズキヤでサンドイッチとちくわを買っていた。サンドイッチを食べながら海を見るのはおしゃれ感があるが、ちくわは手練れの漁師かのようである。

 

椅子をひらいた。

 

僕は椅子に腰かけ「いやあ、こうして海を見てゆっくりするのも、たまにはいいものだねえ」とつぶやいた。

 

「ちょうどいい季節だもんね。風は少し冷たいけど」

 

僕は、バッグからサンドイッチを取り出した。たまご味である。おいしそうだなあと思いながらちくわも取り出して、ちくわは配偶者に手渡した。静かな海。心地よい潮風。大人の時間である。僕は大変なリラックスモードで椅子に座っていた。その一瞬である。とんびと思われる鳥が死角からぐんと滑空してきて、それはもうほとんどひったくりのようにしてたまごサンドイッチを奪い去っていったのである!!

 

「うわっ。とられた!」

 

「え、サンドイッチ!?」

 

「そう。あいつらだよ」上空をみると、4羽ほどとんびがぐるんぐるんと飛び交っているのが見えた。

 

こいつである。

 

「まじなんなん!」と配偶者はちくわをかじりながら、とんびをにらみつけていた。強奪された本人の僕は唖然としていた。チルにはまだ早いぞと言われているようだった。神奈川の海の洗礼である。

 

僕はちくわを隠しながら、しゅっと口に運んだ。

 

 

ちくわを食べていると、ちらちらとこちらにとんびが来そうな雰囲気があったが、ちくわをしまうと、どこかへ去っていった。賢い奴らだ。そんな感じで陽が暮れていった。

 

 

夜には、スズキヤののり弁を食べる。茶漬けにするとうまい。

 

僕たちは、強盗とんびに怒りつつ宿へ帰った。気を取り直して、スズキヤで買った弁当を取り出した。

 

 

この、のり弁が名物なのだそうだ。確かに立派な鮭がきれいに焼かれていて、安い弁当のようにびっしょりぐちょっとすることもなく、おいしそうである。スズキヤのり弁はお吸い物がついていて、のり弁にかけることで、鮭茶漬けにすることができるというアイデア商品なのである。

 

 

弁当としてもおいしいのだけど、こののり弁に敷かれているおかか部が茶漬けにしたときによい仕事をしており、しっかりとした味わいで、なかなかよいものだった。地元のスーパーの弁当のおいしさというのは、生活の品質に大きな影響があるので、逗子というのはきっといい地域なのだろうなあと思った。

 

 

ミッドナイト・オール・フリー

 

夜、特にすることもないので、また、海を見に行ってみることにした。道路の下にトンネルがあり、そこをくぐると海岸に出た。暗くなると、視覚情報が制限されるので昼よりも聴覚が敏感になる気がする。潮騒が迫ってくるように響いていた。近くの階段では高校生のカップルが何やら密会をしているようだった。海があるところで育つと、いろんな思い出に海がついて回ることになるのだろうなあと思う。

 

 

コンビニで買ったオールフリーを飲んだ。オールフリーって完全に自由って意味なんだなと改めておもったりする。旅先というのは普段やっていることが異なって見えたりすることがある。完全に自由かあ。


 

日影茶屋のケーキで朝ごはん

 

翌日、配偶者が調査していたところによると、この葉山逗子エリアというのは日影茶屋というお菓子屋が有名なのだそうだ。昨日行ったスズキヤというスーパーの横に、スタバがあるのだけど、そこには日影茶屋が併設されているらしく、コーヒーを飲みながら日影茶屋で買ったケーキや和菓子を食べたりできるようなのだ。逗子にはチルな生活が広がっているようである。

 

 

駅に向かいがてら寄ってみることにした。レモンのケーキを購入した。5月というのは大変すばらしい季節である。10月もこれまた暑くもなく寒くもなくとても良いのだけど、やはり、これから暑くなっていく少し前の季節というのは、なにかよいことがありそうな気がしてくるので、素晴らしい。

 

 

北鎌倉へ

 

帰りに北鎌倉によることにした。鎌倉は混んでそうなのでそのちょっと横である。

 

 

円覚寺へ向かう。5月の北鎌倉。これも大変よい。

 

 

東慶寺の小林秀雄の墓にお参りにいく。

 

鎌倉には小林秀雄の墓があると聞いたことがあった。調べてみると、すぐそばの東慶寺に墓があると分かった。僕は小林秀雄はほんとうにちょろっとしか読んだことがないのだけど、ほかにも、西田幾多郎や、和辻哲郎の墓もあるようで、文系にとってはかなり興味深いお寺である。帰る前によってみることにした。

 

女性の意思で離婚ができなかった時代に、この寺に駆け込めば離縁ができる女人救済の寺で、もともとは男性は入ることもできなかったのだそうだ。

 

 

東慶寺は拝観料を廃止しましたという説明書きがあった。HPに拝観料を廃止とした経緯が書いてあるのだけど、大変な名文なので読んでほしい。

 

寺院としての本質 ‐ 拝観料廃止について ‐ — お知らせ — 北鎌倉 松岡山東慶寺

 

全ての宗教に共通するのは「祈り」です。
心身が不安定になった時、世の中が混乱をきわめた時、自分の力だけではどうにもならない状況に陥った時、人は自然と手を合わせ、ただ無心に祈ります。

その祈りを捧げる人々によって創られたのが、神社、教会、寺院をはじめとする、全ての宗教施設です。

コロナ禍をきっかけに寺院の本質に気づくことができました。
以降、誰もが平等にお参りできるよう、拝観料を廃止し、境内を解放しております。

 

売店があったので、拝観料の代わりに、お土産を買うことにした。

 

奥に墓地があるようだ。木漏れ日が地でゆれている。鳥の鳴き声が響いている。どこにお墓があるんだろうねと話しながら階段をのぼっていく。小林秀雄の墓はなかなか見つからない。どんどんと奥へ進んでいくと、岩波書店の創業者、岩波茂雄の墓があった。そのあたりに文芸関係の人たちのお墓が集まっているようで、西田幾多郎や和辻哲郎の墓もあったので手を合わせた。

 

しかし、15分ほど探してみたのだけど、小林秀雄のお墓はどれなのか結局よくわからなかった。ネットにも、小林秀雄の墓を訪ねてみたというブログを書いている人が幾人かいるようなのだけど、なんとなくここなのかなというような書き方をしている人が多そうだった。小林秀雄のような大作家の墓に本人が特定できるような言葉が入っていないというのは、考えさせるものがある。

 

まあ、でもお墓はどこでもよいのかもしれないなと思った。祈りに場所は関係ない気もする。しかし、場所がなければ僕はここにもやってこなかったし、人は祈ることを忘れていってしまうような気もした。