前:漁船チャーター孤島脱出計画、および松浦亜弥万能論 中国廃墟潜入編⑥ - 今夜はいやほい
バスにのり、宿まで戻ることにした。古くて小さな灰色の公共バスは地元の人々でぱんぱんになっていた。よそ者の僕たちは運転手と助手席の間の曖昧なスペースに詰め込まれた。しばらくバスに揺られていると、現地の漁師のおじちゃんが大量の魚をむき出しの状態で持ち運んできた。
魚のにおいがバスに立ち込めた。おっちゃんの細かいことは気にせず、奔放に大胆なところがすばらしいなあと感心した。事故が起きて魚が散乱したら大惨事だなあとかそんなことを考えながら、荒い道をぐんぐん進むバスに揺られた。
疲れて腹も減っていたので、夕飯を食べることにした。宿の近くの浜の周りに、何店か飲食店があったのを目にしていたので、そこで探してみようということになった。
「はらがへったな」
僕は、いかにも中華的なエネルギーの塊のようなものがたべたかった。それはかなしいほどに切実な空腹だった。
「腹減りましたね…でもこのへんの店ほとんど閉まってますね……」
加藤が先頭を切って店を探した。しかし、11月の浜周辺はオフシーズンなのか、開いている店はほとんどなかった。哀し気にさびれた季節外れの浜を男4人でもそもそと歩いた。
「あ、あそこあいてそうですよ」
山田が100メートルほど先を指をさした。
「お、なにやら、鍋的なものがたべれるっぽいぞ。一般的に考えても、鍋がまずいと言うことは相当にまれなケースなはずだし、ここでいいんじゃない?」
僕は、とにかく腹が減っていたので、まあ鍋ならそんなに大きくは外すこともないだろうと楽観的観測を立て、その店を推した。
「そうですね、韓国料理的なものもあるみたいですし、悪くはないんじゃないですかね」
オネットもそんな調子で賛成の様子であった。
ドアを開けた。現代的な内装をした明るい店だった。栗色に髪を染めた、若い女性が近づいてきて、若々しい微笑みをうかべた。
「How many people?」
僕たちはにわかに沸き立った。なぜか。店員の言葉が英語だったからである。この島にやってきてからというもの、お前らの事情は知らないからね、いいかよく聞け的中国語をたくさん聞いてきたので、丁寧にも英語で話しかけられたことに、大きく驚いたのである。この島に入ってきて、初めて聞いた英語だった。
「すごい、店員の人が英語で接客をしてくれた。この店は絶対にうまいですよ」
山田は、風が吹けば桶屋が儲かる的な推論を述べた。
「そうだな…… この島の文化的な最先端がこの店にあると言っても過言ではないのではないのかもしれない……」
店のBGMはKPOPだった。僕も、この店はおいしいに違いないという電撃的確信を得た。
4人で席に着いた。最先端の店員はメニューを持ってきてくれた。しかし、残念なことにメニューは中国語だった。しかし、きっとうまいに違いないと確信していた僕たちの前に中国語のメニューは大きな障害とはならなかった。適当に、これはきっと羊だから…これとこれとこれ、羊かふむふむ、これこれこれといった、ランダムセレクト方式で、注文をおこなった。
ビールが運ばれてきた。ハイネケンだった。やはりこの店は文化的最先端なのだなあと歓喜の面持ちで乾杯をした。空腹時の冷えた缶ビール、これは、空腹時の牛丼に匹敵する劇薬である。しばらく、今日の夕飯における勝利についての歓談をしていると、鍋がやってきた。よきように湯気が立ち上がっていた。
僕たちは最終的な勝利を確信し、中にはいっている具が煮えるのを待った。
数分後
僕は完全に絶句していた。
鍋は、信じられない味をしていた。期待だけを高めていた僕たちは、桃を食べたらするめの味がしたに近い衝撃を受けた。まず、長い間、冷凍していたせいなのか、羊肉と豚肉の触感はぱさぱさで、なおかつ、独特動物性の臭みを放っていた。噛めば噛むほど不快感が口の中で増幅した。スープも中途半端に味が薄く、臭みを消してくれないどころか、肉とにからみついて絶望的不協和音をかなでている。かろうじて野菜だけは食べられたが、まだ、大学生が悪乗りして作った闇鍋ですら、もうすこしおいしいものが出来るにちがいない、そういった味だった。極めつけはウインナーだった。
オネットは無表情で言った。
「このウインナー、まったく味がしないですね」
「いったいこれはなんの肉なんですか!?」
山田は引いた笑いを浮かべていた。
「これは…ひどいですね……」
中国の現地料理になれている加藤にとってもかなりひどい部類に入るようだった。
「これはそもそも肉なのだろうか…これほどのものをたべてしまうと、精神が持っていかれるね……」
僕は、しかたがないので、もくもくとビールを飲んだ。無言の時間がすぎていった。ビールだけがうまかった。敗北を溶かしたビールは哀愁の味がした。
英語が喋れるお姉さんがいることから、勝手にうまいものが出てくるにに違いないと無根拠な期待していた僕たちは、無慈悲な現実に打ちのめされた。偉い人の伝記を読めばだいたいこんなことが書いてある、人生において大事なものは無根拠な自信だと。根拠のない自信というコイントスに凡人の僕たちは敗北したのだった。
店を出て、夜道をとぼとぼと歩いた。人気のない静かな夜だった。宿へ戻る道にスーパーがあいてるのを見つけた。酒を買って帰ることにした。スーパーでは野良犬なのか、飼い犬なのかわからない、とにかく犬が元気に走り回っていた。
よくわからない透明な酒を買った。4人とも精神的肉体的ダメージをおい、判断力が失われてきていた。ボーっとした面持ちで、宿へ帰った。
帰り道は犬のフンがたくさん落ちていた。
「あ、フン」
「フンですね」
「フンだなあ」
敗れたものたちのあわれな末路である。
帰り道は、真っ暗だった。街灯がまばらにしかないのだ。本当に真っ暗なのだ。
部屋でゆったりして、今日あったことをとりとめもなく話した。酒を開けた。透明な酒は独特なにおいがした。
「これ、接着剤のにおいがしますね」
加藤がすこし陰気な調子で的確なたとえをした。僕は、それ以降、その酒のことを接着剤としか思えなくなってしまった。喉を通すとどくどくな科学的甘味が喉を抜けた。50度近いアルコール濃度だったため、食道がひりひりした。うっとなりながらもそれしかないから、杯をあおった。
オネットが、トランプを取り出した。筑駒ダウトをやりましょう、オネットは、響かない声でそう言った。ベニヤ板のようなベッドの間にぼろぼろの机を持ってきて、4人で車座を組んだ。
筑駒ダウトとは、天才高校であるところの筑駒生のためにダウトのルールをすこし難しくしたようなものだった。筑駒のある時期のある代のある人たちの間で流行った?ものらしい?オネットは筑駒の卒業生なのであった。残念なことにこの旅行はかなり昔もことなので、ルールはもう思い出せない。
オネットは提案者らしく、なにやら戦略的なことを考えている風の顔つきで、カードをめくっていた。僕は酔ってきていたので、適当におもしろそうなタイミングで、ダウトという蛮行を繰り返した。山田は酔いすぎており、支離滅裂なことをしゃべりったり、ほかの人の順番を飛ばしたりしていた。すこしすると、山田の頭がゆらゆらと揺れだした。加藤はそもそも興味がなさそうにスマホをいじったりしながら適当にプレイをしていた。だらだらと筑駒ダウトはつづいた。
寡黙なオネットが突如は叫んだ。
「筑駒のメソッドが通じない!!」
賢いものたちに遊ばれるということが前提のダウトなので、適当なやつらがあまり深いことを考えずにプレイをしていることに、オネットは憤慨していた。僕の高校ではこんなことはあり得なかった!というようなことを述べ、荒々しくトランプをきっていた。時計の針もからからまわり、じょじょにじょじょにダウトは熱を帯びていった。あまりにもまずかった夕飯によるやけっぱち的な感情も、火に油の役割をおびているような気がした。加藤と山田は麻布高校出身だったので、麻布連合を形成して筑駒のオネットに対抗していた。
「お前らは劣るんだよ!!」
ふだん温厚なオネットは、ダウトにのめりこんでいるのか、激昂状態であった。トランプは人を変えてしまう。恐ろしいことだ。接着剤のにおいが部屋中に満ちてきていた。シンナーが部屋に満ちているような感覚だった。白熱灯がやけにまぶしく部屋を照らしているような気がした。オネットの怒りに逆行するように、アルコールは僕たちの頭から思考をうばっていった。
酒が切れた。50度近い酒を飲んでいたのだから、もうよせばいいのに、誰かが、「さけがない、さけを買うしかない!」と号令をかけ、追加で酒を買うことになった。スーパーは21時で閉まるという話だった。21時まで、あと15分しかなかった。
僕たちは走った。道にちらばる、おびただしい数の犬のふんをよろよろとかわしながら僕たちは走った。相応の酔いを、各々が抱えながら。海から心地よいかぜが吹いてきた。どこの国でも海辺は同じようなにおいがする。雲の切れ間に月が鋭く照っていた。ほとんど満月だった。
接着剤臭でキマっていた僕たちは、こころは猪突猛進の勢いで、しかし現実的には酔いと相談しながら徐行的スピードでスーパーをめざした。島の夜は早いらしく、物音もほとんど聞こえないしんとした夜だった。
「やばい、酒が買えないとまずいですよ」
酒にとにかく強い男、加藤は軽快に走った。
「そうだな、それはやばい、しかし走るべきなのか?」
とかいいながら僕も走った。
「ハッハ、走ることはないんじゃないですかね」
一番キマっていた山田は乾いた調子で走りながら笑った。なんだかよくわからないけれど、僕も併せてカラッと笑った。
「間に合いますかね~」
小走りで加藤は電子タバコを吸っていた。いったいどんな体をしているのだろう。
オネットはホッホッホと笑った。
スーパーの閉店ぎりぎりに滑り込み、チベットのワインを買った。僕たちは、怪しげににやけながら勝利を分かち合った。店には間に合ったのだから、もう急ぐ必要もないのに、相変わらずちょっと小走りで、宿まで帰った。心拍数は不必要に上昇し、体はふわふわのくらくら状態であった。
思い返せば、明らかに壊れかけのテンションだった。50度の接着剤酒は強烈な影響を与えていたのであ。しかし、思い返してみると、煌煌と照る月と、穏やかな浜の様子と、静かな夜に響く足音と、すこし特別な感じがする夜の出来事だった。
致命的なミスに気が付いた。栓抜きがなかったのだ。ワインを買っても、栓を抜けなければ、その恵みにありつくことができない。
僕たちは焦った。まず、宿のおばちゃんを探した。一回の管理人室から、テレビの音が漏れ出ていたので、ドアをたたいた。5回ほどノックしてみるも、反応はなかった。寝てしまっているようだった。
つぎに、ネットの力に頼ることにした。布でくるんでデンと壁にたたきつけるとよいというようなことが書いてあった。この宿に泊まっているのは僕たちだけだったので、加藤がワインをタオルにくるんで、バシンバシンと、壁にたたきつけた。努力もむなしく、ワインはびくともしなかった。
「どうする」
「どうしましょう」
「うーむ」
オネットがバッグをあさって何かを取り出した。銀の棒のようなものだった。彼はその棒状の何かをワインのコルクに突き刺した。
「それなに?」
僕はそれが何か想像もできなかった。
オネットはこっちに背を向け、熱心にワインボトルと格闘しながら答えた。
「孫の手です」
え、孫の手…なんで孫の手を持ってきてるのと僕たちがざわついていると、しゅぽっとコルクがワインボトルの中に落ちていった。
「あきました」
オネットは得意げに言った。
おおおお、と僕たちは、小さな感動に包まれた。
オネットの孫の手が浸かった(かもしれない)チベットのワインは甘やかな味がした。おいしかったように思う。(あんまりおぼえていない)繊細な味が分かるようなメンバーでもなかったので、雑にワインを飲み干した。明日のことを話したり、中国のオーディション番組を見たりして、その夜は解散になった。
支離滅裂なことを述べていた山田は、そのあと1時間トイレで吐いていた。人生はままならないものだ。
狂乱の一日が終わって、僕はふたたびベニヤ板のベッドでぐっすり眠った。