今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

痰を吐き捨てられながら、中国大陸を往く夜行列車に乗り込む 無座・硬座・軟座①

夜行列車に乗り継ぐ駅、宜昌に到着した。僕は知らなかったのだが、宜昌は三国志に造詣が深い人にとってはそれなりにメジャーな地名であるらしく、心優しき青年田中は、武漢の街を歩いていると、得意げに周辺知識を開陳していた。しかし、彼はここにはいないのである。

 

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新幹線から降りるとしっとりした冷気が体を包んだ。宜昌もやはり靄でかすんでいた。最終と思われる新幹線でこの街へやってきた僕たちの後から、どうやって田中が追いかけてきているのか全く分からなかったが、なにがしかの天啓的手段があるらしいとのことで、僕たちは、とにかく田中を待ってみることにした。出発まで1時間30ほど時間があった。

 

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駅前にはダウンを着込んだ中年男性がたくさんいた。僕たちを見ると、駆け寄ってきては威勢よく中国語で話しかけてきた。タクシーのキャッチのようだった。中国語わからないんだからねオーラを放っていると、ケッ商売にならねえなといった感じでそそくさと去っていった。

 

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タクシーとバスだけが動いている駅前。

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そろそろつきます!と田中からラインが来たので、半信半疑ながらも改札前で田中を待ってみる。

 

「寒いな……」

 

ため息をつく吐く息も白く、手の芯がじんと痛むような夜だった。

 

「お、きくちさん、降車客がずらずらとやって来ましたよ」

 

加藤はそういうと田中を探し始めた。

 

作りかけの駅構内。

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どこだ、どこだとしばらく探していると、田中は横からひょこっと「あ、どうも」と言って現れた。

 

「おお、本当に来た!!」

 

先にやってきた僕たち三人は驚きをもって、彼を向かえた。

 

「いやあ、ひどいですよ先に行っちゃって~」

 

心優しき青年田中は、少しばかりの怒気を織り交ぜながらもおっとりとした感じで不満を述べた。

 

「すみません……どうやってここまで来たんですか?」

 

山田が訪ねた。

 

「ホームにいた駅員にチケット見せて、大変に困ったことになったということをアプリで翻訳して伝えていたら、これに乗れと、よくわからない電車に乗せてくれました」

 

「そうなのか、何はともあれよかったじゃん!」

 

僕は田中の肩をたたいた。

 

「アプリで検索すると、出てこないんだけどなあ……いやあ、でも言葉もわからない異国の地で、なかなかできることじゃないよ、田中、すごい!さすが、浦和高校卒業!」

 

田中は、自分の母校を人一倍誇りに思っており、とりあえず褒めるときは、出身高校を誉めておくのが一番よいと皆、経験則で知っていたので、加藤はとりあえず、浦和高校を誉めているようだった。田中は少し誇らしげな表情を浮かべていた。

 

「そうですかねえ?まあ何はともあれ間に合ってよかったです。」

 

「じゃあ、ここらへんでいったん、浦和高校校歌歌っとく?」

 

僕は茶化すように言った。田中は、良い気分になると高校の校歌を歌いだすことがあるのだ。

 

いやあ、歌いませんよ!と田中が言うと、笑いがおきた。こうして、田中を置き捨てていったという非人道的行為はうやむやになり、すべては円満風な落ち着きを見せたのである。

 

 

列車内で食べる夜食用のカップラーメンと、ハルビンビールを買い込み、待合ロビーで出発を待った。

 

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田中は疲れ果てたのか、椅子に座るとこと切れたように眠っていた。暖房もかかっていないので僕は手をこする合わせて寒さをしのいだ。周りにいる中国人もみな寒そうに体をよじったり、手をこすったりしていた。

 

そうか、このひとたちも皆、硬座でかたことと揺られていくのだなと思うと親近感がわいた。夜行バスでも体が痛くなるのに、いきなり中国で硬座なるものに乗ってしまって大丈夫なのだろうか少し不安になった。もう後戻りもできないのだけれど……

 

ぼーっとしていると、近くに立っていた格闘技でもやっていそうな体格のおじさんがなにやらもぞもぞしだし、眼を細めると、カーッペと威勢よく痰を吐き出した。痰は僕のあしもとに鋭く飛んできて床にへばりついた。しげしげと床で鈍く光る痰を見てしまった。まったくもって、油断ならない国である。

 

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大衆的な移動手段はその国の一面を映し出すような気がする。乗車率150%の満員電車なんて、その最たるもので、日本のなんだか構造的にうまくいっていない感じを端的に表しているなと思う。せっかくここまできて、中国の文化の一端でも理解したいと意気込むのであれば、これ、夜行列車に乗らない手はないのである!と思うことにした。

 

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 ついに乗車開始時刻になりゲートが開いた。列になり、ぞろぞろと歩いていく。隣の若い夫婦は布団を抱えていた。まさか、社内で布団をしいて寝るのだろうか……

 

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乗り込む列車の前までやってきた。車窓にはふしぎな体制で寝ているおじさんの足の裏が張り付いていた。荷物は運動会の大玉転がし状態で散乱しているようだった。

 

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なるほど……とビビりながら、硬座に腰かけ、大陸をひた走り、靄に濡れる夜を越すべく、僕たちは夜行列車に乗り込んだ。

 

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