旅行先の宿泊場所を人はどうやって見つけるのだろうか。僕の場合はこのような形をとる。
まず、宿泊予約サイトを開き、宿泊予定地を入れる。そして、安い順でソートして、最低限基本的人権要件を満たしていそうな場所に泊まるというものである。そういう方法で宿泊場所を探していると、たいてい泊まるのはゲストハウスということになってしまう。
「당신은 한국인입니까?」
「オオ~アイム ジャパニーズ ハハ~」
「Oh, japanese sorry,sorry haha」
若かりし北野武風の韓国人はさわやかな笑みを浮かべていた。3人の韓国人と相部屋だった。僕は、スーツケースを部屋の片隅に置いて、ベッドに寝転がった。
「How old are you?」
若かりし温水洋一風の韓国人は言った。
「ア~ アイム トゥウェン ティセブン」
「oh very very young」
「ハウ オールド アーユー オール?」
「32 year old haha~」
韓国人は年齢の上下を結構気にする文化だと聞いたことがある。初めてあった韓国人には年齢を聞かれることが多いように思う。
僕の知っている韓国語は5単語だ。カムサムニダとチンチャーとヌナとヒョンである。残念なことに4単語であることが判明したわけなのだけど、ヌナとヒョンは便利である。ヒョンが兄さんで、ヌナが姉さんである。韓国人とで出会うと、とりあえず、~ヒョンと言ってみる。韓国の人たちは、お、韓国のことを知っているんだなと多少嬉しいのか、ニコニコしてくれる。
「whats your name?」
第三の韓国アイドル的風貌の韓国人がしゃべった。
「キクチ! ユー?」
「yun, he is lim, he is yim. may be you cannot remember haha」
「アーハー, ユンヒョン!」
「oh just say yun haha」
なんでも三人は大学の友人で、温水似の彼が結婚することになるらしく、もう今までのように遊べなくなるからと、ウラジオストクに旅行しに来たということだった。そして僕は案の定、彼らの名前を思い出せない。名前は仮名である。
韓国では結婚は墓場だ。とにかく金がかかる。何万円も払ってウェディングフォトを撮るんだといって、温水似の君は写真を見せてくれた。フォトショで先鋭的に加工された温水似の君と、相手の女性がベンチ型ブランコに揺られ、にこやかな笑みを浮かべていた。
若かりし北野武は言った。
「韓国は景気が悪くて、大学を出てもなかなか就職できないんだ」
「そうなんだ、日本もリーマンショックの後は結構な就職難だったんだ」
僕は、ベッドでごろごろしながら答えた。
30分ほど片言の英語で話し続けていると、夜は早くも23時をまわろうとしていた。
「キクチ、ビールを飲みたいか?」
若かりし北野武はにやけながら言った。
「飲みたい」
僕もにやけながら答えた。
「じゃ、行ってくる」
三人は、勇敢な後姿を残して部屋を出ていった。お、これはタダで酒が飲めるような雰囲気であるなと嬉しさをかみしめていると、三人組はすぐ帰ってきた。
「ロシアでは、22時以降酒の販売が規制されているらしいんだ」
「おーそれは残念だね」
僕は、ま、しょうがないよ的な感じで返事をした。
三人が韓国語で何かを話し始めた。
韓国アイドル風の男が、スマホでどこかに電話をかけ始めた。一分くらいで電話を切ると、OK, We're gonna get alcohol と言って笑った。そうして、若かりし北野武と部屋を出ていった。
しばらくすると二人は、ビニール袋に一杯のビールをもって帰ってきた。
「コリアンネットワークは最強なんだ!」
若かりし北野武は言った。
「じゃ、遠慮なくいただきますね」
泥酔する韓国人の足を背景として
「なんで韓国のキムチが赤いか知ってる?」
韓国アイドル風の男は言った。
「え、知らない。なんでなの?」
「豊臣秀吉が韓国に持ち込んだんだ。昔はキムチは赤くなかったんだ」
「はは~そうなのか……」
豊臣秀吉と言えば朝鮮出兵である。もしかしたら、これはナイーブな話なのかもしれないと思ってあいまいな返事をした。
ビールは調子よく空き捨てられていった。
温水さんは泥酔し、嘆きはじめた。
「韓国では結婚するとき、男が家を買わなければいけないんだ。車も買ったから借金まみれだよ。日本ではそういう習慣はないんだろ?韓国では、デートも男が全額払わないと男として認められないし、とにかく大変なんだ」
ビールのロング缶を3本飲んで僕もだいぶ酔ってきた。
「大学の友人とこうやっていまでも仲良く旅行できるなんていい関係だよね」
そういうと彼らは照れながら笑っていた。
「徴兵ってどうなの?」
軽い気持ちで聞いてみた。
俺が徴兵で一番印象に残っているのはこんなことなんだ。若かりし温水さんは言った。
そこの雑草を抜いておけと上官に言われた。壁に草刈り機が立てかけられたんだ。それをつかっていたら、手で抜けと言われた。なんでですか?と聞くと、ガソリン代より、お前らの人件費のほうが安いからだっていわれたんだ。
とにかくビールを飲み進めた。
哀し気にうつろな目でビスケットを見つめていた。
一人4本ずつロング缶を開けた。みんなうとうとし始めた。じゃ、寝よかっか。アイドル風韓国人が言った。各々布団にもぐりこんだ。
若かりし北野武がベッドから顔を出し言った。
「東京に行く。おれにうまいうどんを食べさせてくれ」
そういって彼は眠った。
寝る前にトイレに行っとくかと部屋を出た。秋のことであった。空気がひんやりしていた。廊下には張り紙があった。
「部屋で酒を飲むべからず。罰金三万円」
僕は、全く酔ってないですよというそぶりで、こそこそと用を足し、素早くベッドにもぐりこんだ。若かりし北野武のいびきがごーごー響いていた。