今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

愚かにも中国で新幹線に乗り遅れるの巻 武漢のはなし④

 

旅行にいくと高い確率で発生する現象がある。あひるの行進現象である。

 

優秀な2割ががんばって働き、6割は普通にはたらき、残りの2割はさぼっているという働きアリの法則の亜種で、旅行中一人の人間のみがすべての旅程を把握、先導し、残りの者たちは、これ幸いとぐーたらとついていくだけになるという現象のことをいう。僕がいま勝手に作った言葉なので、普遍性はない。しかし、これは集団で旅行に行くとかなり高い頻度で観測される現象なのではないかと思っている。

 

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毛沢東の愛した武昌魚なる魚を食べ終え店を出た。夜の武漢にはなかなか活気があった。加藤が口を開いた。

 

「新幹線まで時間が少しありますので、散歩でもしますか」

 

僕たちは、武漢駅から新幹線で宜昌東駅というところに移動し、そこから夜行列車で重慶へと移る計画を立てていた。そして、その夜行列車に乗るには、僕たちが乗り込む予定の武漢発の新幹線が最終の移動手段であるようだった。

 

「そうだね、そうしよう」

 

さもすべてを理解しているように、僕は同意した。しかし、実際の新幹線の出発時間が何時なのか、駅はどこなのか、ホームはどこなのかについては全く何も把握していなかったのである。愚かなアヒルは完全に脳を弛緩させていたのだ。

 

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街灯の光が 夜空に張っている靄に吸収されて、街は不思議なくらいに明るかった。大陸アジアの冬の夜はなかなかロマンチックだなと思った。路上には若者があふれており活気があった。洋風の立派な建物がずらずらと並んでいる。なかなか高貴な印象を与える街だなあと思った。

 

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僕たちは売店スマホのケースを見ていた。著作権という概念なきスマホケースのどうどうたる陳列はなかなか愉快なものである。中国という国は、政治も経済も人々の生活もダイナミズムを感じられるところがいいところである。

 

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「これいくらなんですか」

 

加藤が店員にそんなことを聞いて価格交渉をしているようだった。

 

僕と田中はスマホケースにも見飽きて、道端でぼーっとしていた。朝5時に起きて、飛行機に飛び乗り、一日歩き回っていたのでそれなりに疲労が体にたまっていた。あくびがぽんぽん口をついて出てきて、足がむくんできている感覚があった。

 

 

「ああ、もう時間がないですね。急がないとまずいです」

 

先頭のアヒルであるところの加藤は警鐘を鳴らした。

 

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しかし、ついていくだけの愚かなアヒルであるところの僕たちはその警鐘がどれほど差し迫ったものなのか全く理解をしていなかった。新幹線が発つ武漢駅へ行くために、最寄駅から電車に乗り込み移動する必要があった。

 

加藤が最寄り駅で切符を一括で買った。それを3人に渡すと皆で改札へ向かった。加藤、山田、僕、田中の順番で手荷物検査をおこなった。武漢の駅ではどこもかしこも手荷物検査を行っているようだった。日本もオリンピックが近づいてい来たら、こんな状態になるのだろうか。僕が手荷物検査を終え、えーと先頭のアヒルはどこにいるのかなとおろおろしていると、加藤と山田がはるか遠くに見えた。彼らはすさまじい勢いで走っていたのだった。

 

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僕はとにかく全力で走った。わき目も降らずというやつである。改札から80メートルほど走ったところで加藤と山田に追いついた。

 

「はあ……はあ…」

 

「きくちさん、これはマジで時間がないです……」

 

普段まったく深刻さを感じさせない男、加藤が走りながら深刻そうに言った。

 

「そうなの……ていうか、田中いないじゃん……」

 

駅は人であふれていた。周りを見回してみるも、田中の姿はどこにもなかった。どこではぐれたのか検討もつかなかった。

 

「ちょっと見てくるね……」

 

一応、今回のグループで一番の先輩的な立場にあった僕は田中のことを探しに改札の方へと戻ることにした。冬なのに体から汗が噴き出していた。1分ほど走って元の場所にたどり着いた。

 

しかし、改札付近に田中の姿はなかった。人影に隠れて、見逃したのだろうか…どこへ行ってしまったのだ…… 時間はとにかくないらしいので、ひとまず二人と別れた場所へ戻ることにした。せっせと走る。なんでこんなに必死に走らなくてはならないのだろう……僕はスーツケースでここまでやってきたことをひどく後悔した。がらがらがらという音が響いていた。

 

加藤と山田と別れた場所へと戻った。きょろきょろとあたりを見回した。しかし、そこには人々の往来があるだけで、二人の姿はどこにもなかったのだ…… 加藤と山田は田中を見捨てるついでに、僕のことも見捨ててホームへと走っていったのである。恐ろしいやつらだ……と戦慄した。これはサバイバルだ……愚かなものは切り捨てられてしまうのだと察知した。

 

スマホを開いてみると、先に行ってますというメッセージが飛んできていた。なんてドライな奴らなのだろう…… 僕はそもそもどこのホームに降りればよいのか知らなかった。息が上がってしまい、3秒ほど茫然自失状態で立ち尽くした。しかし、これはまずいことになったということに気がつき、とりあえず、あっているのかも分からないが、それらしき方向へと走っていくことにした。

 

こんなに走ったのは、高校生の頃の部活以来なのではないか……思えば高校生活も遠い昔になってしまったなあ…などというかりそめの感傷を抱えてひたすら走った

 

1分ほど適当な方面へ全力で走っていると、神はアヒルを見捨てなかったのか、運よく雑踏の中に加藤の背中を見つけることができた。完全なる奇跡である。必死に走り続け、ぎりぎり二人に合流することに成功し、新幹線の出発駅である武漢駅へと向かう電車に飛び乗ることができたのだった。電車内で中国人民は、息の上がっているなぞの日本人たちを怪しそうに眺めていた。

 

電車に乗り遅れた田中からグループラインにメッセージがきた。田中は電波状況が悪くラインの調子が悪いというようなことを書いていた。そして、彼はまったく違うホームに降り立ってしまっていたようだった。加藤が6番ホームだからと告げると、待っててもらえますかというメッセージが飛んで来る。僕たちはすでに電車に乗ってしまっていた。

 

僕たちが新幹線の出発駅に到着するのは、新幹線が出発する時間の7分ほど前であった。つまり、僕たちですら、駅に着いた瞬間に、新幹線のホームへ全力でと走っていかないと、間に合わないような時間だったのである。

 

僕たちは顔を見合わせて、黙りこくった。どうすればよいのか誰も答えを持っていなかった。待っててもらえますかという問いにこんな返答した。ひとつ後の電車に乗って、武漢駅の新幹線のホームへ走ってください、と……

 

愚かなアヒル集団から静かに選別がおこなわれた瞬間であった……

 

僕たちは武漢駅でも再び全力疾走し、出発時刻20時20分の三分前に新幹線に乗り込むことができた。

 

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ほかの客はほぼすべて乗り込み終わっており、ホームは人気もなく静まり返っていた。僕たちのゼーハーという呼吸音だけが、ただっぴろい武漢の駅に響いていた。上気するする頬に新幹線のホームの風は無駄に心地よく感じられた。

  

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 席に着く。田中間に合うのかな……と誰かが言う。もちろんみんな99%間に合わないことを知っている。皆、全力で走ったことにより、頭がぼーっとしてよろよろとしていた。僕は席につき、すこし目を閉じた。体から力が抜けていくのを感じた。

 

「なんだよこれ!!!」

 

加藤が突如叫び声をあげた。なんだなんだと振り返ると、加藤が座ろうとした席には、ピーナッツの殻が無慈悲に盛大にばらまかれていたのだった。

 

その量たるや40個は食べただろうというような量で、言うなればおびただしい、とにかくおびただしい量のピーナッツのこなごなの殻が席の上にばらまかれていたのである。その光景の愚かしさに僕は吹き出してしまった。鳥の巣箱のような様相であった。やたらめったらと清潔に清掃されている、日本では考えられない光景だなあ…… しかし、中国にいるとこういうのに突如遭遇したりするのが面白いのだよなあとぼーっとする頭でしみじみ思ったりした。

 

加藤はなんなんだこれと愚痴をこぼしながら、ピーナッツの殻との戦いを始めた。僕はあまりにも熱いので、着こんでいたダウンやジャケット、長手のシャツを脱ぎ、シャツ一枚になり、席で茫然としていた。山田は田中を探しているのか外の景色を見ていた。

 

「どうしよう田中こないし降りる…?」

 

僕は一応最終確認の意味を込めて聞くというよりは虚空に向かってつぶやいてみた。だれもその問いには答えなかった。簡素な中国語のアナウンスが流れ、ぷしゅーという排気音とともに、新幹線のドアは閉まってしまった。

 

あーといういしきが芽生えはしたのたけれどたいそう疲れていたので、深刻さがよくわからなかった。

 

こうして、中国語が一切わからない心優しき青年田中は夜の武漢駅にホテルもない状態で、一人取り残されてしまったのだった……

 

つづく…