今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

京都で夜に殴られて。三つ葉の酒とたまごサンド。

お使いのようなもので京都に来た。

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日中に烏丸三条で用事を済ませ、たちまち夜だった。道を歩いていたら、後ろから来た男に何事かを叫ばれ、肩を殴られた。京都というのは恐ろしい街である。道を歩いていたら殴られた事はありますか?普通ないですよね。中学生のころ、道を歩いていたら、キリを持った隣の中学の男に追いかけられて以来の突発性路上暴力である。

 

こんな思い出で終わらせるわけにもいかないので、何かちょっと美味しいものでも食べるかと思った。しかし、京都はまったく土地勘がないんだよな……などとうろうろしながら、なんとなく賑やかそうな祇園の方面へ向かうことにした。ささやかな小川が街の中を流れている。まごうことなき京都である。店のあかりが水面にゆらゆらと滲んでいた。 

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川を眺め、何を食べればいいだろうかと考えた。そういえば、昔、京都でいいバーがあると教えてもらったことがあったのを思い出した。幾星というバーで、とにかくいいから黙って行ってみろということだった。まだ、17時前だった。この時間なら、さすがに店内に誰もいないだろうし、マスターと会話をして、酒を飲みつつ、おすすめの店のひとつでも教えてもらえば良いではないかと思った。うまいものが食べたければ、現地の人に聞くのが一番なのである。

 

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初めてのバーの扉を開ける時というのは、なんとも言えない緊張感がある。バーの扉というのは大概物理的に重そうである。

 

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ドアをそろりと引くと、薄暗い空間に、ライトがぽっぽと照っており、カウンターの端にはガラス製蒸留機が鎮座していた。暗がりの蒸留器というのはつやつやして謎の艶かしさがある。自分が最初の客だったようで、物寂しいほどに静かだった。多様なボトルが整然と棚に積み上がっている。少し奥よりの席に着くと、姿勢のいいシュッとしたマスターが、ついさっき店を開けたんですよと教えてくれた。

 

何を飲まれますかと、マスターが伺ってくれたのだけれど、初めての店で、とにかく何もわからないので、そうですね……などとお茶を濁していると、初めての方にはこれをおすすめしてるんですよと、もみの木のリキュールを出してきてくれた。

 

「じゃあ、それでお願いします」と告げると、太い氷を薄手のグラスにカンと落とし、リキュールをソーダで割って出してくれた。

 

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グラスを持ち上げると、炭酸のつぶがはじけ、ふわっともみの木の香りがした。適切な冷たさで、針葉樹林の中に彷徨い込んだような気がした。一瞬でグラスを空にしてしまった。ああ、そうだ、そもそもこの店で夕飯を食べるためのおすすめの店を聞こうと思って、食前酒として軽く飲ませてもらおうと思っていたのだった。

 

バーで酒もないのに、会話をするというのも失礼なのかもしれないなと思い、もう一杯飲んで、おすすめのお店を聞いて出ることにしようと「もみの木以外にも、少し変わった香りのするお酒はありますか」とマスターに尋ねた。

 

マスターは「そうですね、うちは自分で蒸留をしていて、植物などの香りを抽出した蒸留液を作っているのですよ」と言って、棚からいろいろなボトルを取り出して、これはなんとかの香りでと説明してくれた。三つ葉のボトルが綺麗に香りが出ているなと思った。三つ葉といえば、カツ丼だとか、味噌汁の上にちょこんと品よく載っているヤツである。本当にカクテルになるのだろうかと思いながら「じゃあ、これでお願いします」と告げた。

 

マスターは慣れた手つきで各種の液体たちを調合し、和やかな手つきでシェイカーを振り、白濁した液体をグラスに注いでくれた。ギムレットとのことだった。

 

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グラスを持ち上げる。本来ライムでつんとした印象のギムレット三つ葉の香りで少しまろやかになっている。草っぽいえぐみはなく、爽やかな香りが口に広がった。ひなびた感じになるのかなと思っていたが、どちらかといえば都会的雰囲気だ。カツ丼の上の三つ葉に匹敵すると言っていい名調子なのではないかと思った。おいしい……こんなギムレットがあるのかと感嘆した。

 

またもや、盲目的にごくごくと二三口で二杯目を空けてしまった。全くの空きっ腹に度数高めのアルコールが入ってきて、判断力もどんどんと落ちてきていた。

 

それからやはり二杯ほど飲んだ。 

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空の胃を通過し、アルコールはテキメンに体に浸透していた。

 

「あの、これから夕飯を食べようと思うのですが、歩いていけるくらいの距離で、一人で入れて、そんなに高くなく、一見でも問題がなく、しかし京都っぽい感じはして、なおかつ美味しいものを食べられる店などありませんかね、と初対面であるのにもかかわらず、不躾かつ過積載な質問をすると、マスターは軽い笑みを浮かべながら「そうですねえ」と言って、色々な角度から五軒もお店を教えてくれた。

 

僕は酔いながら、素晴らしいリコメンド力に謝意を述べ、店を出ることにした。どうも感嘆ばかりしていたなと思った。

 

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歩き始めると、アルコールがぐんぐんと体を循環し始めた。体が熱を持ち、外気との差が心地よい。こうして、酔っ払いながら京都をぶらぶらするというのはいいものだ。赤く色づき始めた葉が風に揺られてふぁさふぁさと音を立てていた。さすが京都、右をみても左を見ても情緒だ。情緒の満漢全席である

 

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心地よく冷えた夜風をスーハースーハー吸いながら歩いていると、教えてもらったうどん屋、おかるが見えた。赤提灯が夜陰に輝いていた。

  

結構混んでいることもあると聞いていたけれど、ちょうどタイミングも良かったのか並ぶこともなく店に入ることができた。なんでもカレーうどんが名物で、この辺で働いている人たちが仕事終わりにさっと食べにくるお店らしく、かなり深い時間までやっているのだという。

 

結構回転が早く、ぱっと来て、ぱっと帰る人が多いようだった。少し座っていたら、すぐカレーうどんがやってきた。

 

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カレーは粘度が高めでドロドロだった。箸を差しこみぐっと持ち上げると、カレーのよい香りとともに、カレーの下に隠れていた肉とチーズがぬぱっと顔を出した。テカテカにひかる麺を持ち上げる。湯気がもくもくと立ち上がる。胃が戦闘態勢に入るのを感じた。麺を持ち上げるやいなや、一気流し込む。だしがぶわっと香る。カレーの中をどろどろのチーズが漂っている。噛むと肉の旨味が流れ出る。なんだかんだ腹が減っていて、酔いも濃かったので全神経がどろんとうどんへ集中していった。

 

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酒のあとの体が塩分を求めていたのがよくわかった。カレーがとにかくうまいのである。仕事で少し遅くなって、さっと食べて帰るのにたしかにいいのだろうなと思った。ものすごく特別な味ということではないのだけど、日々の生活の中にこういう店があると、それはとても良いことのように思われる。ものの5分ほどで食べ終え、余韻に浸りながら、酒もうまかったなあと思い返す。食前飲酒もなかなかいいものだ。

 

うどんを食べ終え店を出て、まだ時刻は20時過ぎだった。帰るには少し早い時間だなあと思い、何処へ行こうかなと思うもあてもない。

 

どうしたものかなあと道端で立ち尽くしていると、昔、雑誌に祇園のスナックに出前でたまごサンドを出している喫茶店があると書いてあったことを思い出した。これからガッツリ食べるのは厳しいけれど、少し食べてコーヒーで酔いを落ち着かせて帰るというのもなかなかいいではないかということで、行ってみることにした。大通りから少し細い道に入っていく。暇を持て余した客引きの黒服のボーイ達が野良猫のようにウロウロしていた。

 

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サンに入ると、いかにも常連さんといったオーラを醸す角刈りのおじさんが新聞を片手に、店主と何かを楽しげに話しているところだった。お客さんはその一人だけのようで、がらんとしていた。

 

出前がメインで、もしかしたら、店舗営業はおまけのような感じなのかもしれない。酔い覚ましのコーヒーと名物のたまごサンドを注文した。少し奥まったところに店があったので、歓楽街から切り離されている感じがした。

 

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たまごサンドを持ち上げるとふにゃふにゃで、くたっと折れ曲がってしまうほどだった。中の卵もプルンプルンで、なんともだらしないのだがそのイメージは、酔いで弛緩した脳をぶすぶすと刺激した。この一口サイズの手でつまめる感じがまたいいのだよな。

 

酔っ払ったおっちゃんがぽこっと出たお腹をさすりながら「あ〜、もう3軒目だしな、ガツガツは食べられないけれど、しかし、何かちょっと酒の足しに腹に入れたいんだよな。ちょっと塩気があったりしてなあ」などというと、スナックのママが「もう、太りますよ、サンのたまごサンドでも頼みます?」なんていって注文されるのだろうか。いや、京都だしもっと上品な感じなのだろうか。思えば京都の知り合いが全然いないので、典型的京都というのがよくわからない。

 

噛むと味のしっかりしたプルプルの卵焼きが口の中を広がっていく。辛子の効いたマヨネーズが後からやってきて、柔らかなパンとの相性もよい。薄いきゅうりが、少しすっきりした感じを与える。うまい。たまらない。これが夜の街で人気になるのはよく分かかるなとおもった。純粋的夜食である。簡単なのに、これしかないような味の組み合わせだと思った。変に京懐石を食べたりしなくても、京都はおいしいものがたくさんあるんだな。

 

コーヒーをすする。シメのラーメンは、誰がどう考えても量過多である。飲む人間の義務は吐かない事である。喉を滑り落ちていく塩気のある一口サイズのサンのたまごサンド。そうか、これだったのだな……と僕は妙に腹落ちした。京都にくることがあればきっとまた、くるっくるに酔って、たまごサンドとコーヒーを胃に流し込むのだ。

 

街明かりがチラチラと照る鴨川を眺めながら一人歩いてホテルに帰った。