今夜はいやほい

きゃりーぱみゅぱみゅの「原宿いやほい」のいやほいとは何か考察するブログ

一泊二日、台北を食べる。大きなガジュマルの木の下で魯肉飯を食べるのならば。

 

灼熱の道ならば、電柱の影を歩め!

 

熱中症になり、車に轢かれ、文字通りの満身創痍のなか、深夜、飛行機に乗りこんだ。クアラルンプールを発ち、数時間寝たところで、朝4時すぎ、台湾桃園国際空港に到着した。空港は閑散として静かだった。にもかかわらず入国窓口は混んでいた。大学時代の後輩で、現在は品行方正な公務員をしている田中が東京からやって来て、空港で合流することになっていた。

 

「お疲れ様です」

 

僕も大変限界状態だったのだけど、田中は田中で、前日までせっせと働き、早朝3時に空港について待機していたので、全体的にぐでんとした、生気のない、顔をしていた。

 

「ごめん、待たせたね、空港で何して時間つぶしてたの」

 

「フードコートで座ってました。店もほとんどやってなかったので」と田中は声が枯れていた。

 

早々に、市内まで電車で移動した。薄明が窓の外に広がっている。この日の台北は、灼熱と言っていいレベルで、ホーチミンよりも、バンコクよりも、クアラルンプールよりも暑かった。東京の夏のまれにあるびっくりするような暑い日、くらいの暑さだった。影にいないと、数分で倒れてしまいそうだ。前日、熱中症でくたびれていた僕には過酷な状況だった。

 

大変なのは信号だ。僕は、田中の大げさだなという表情をよそに、死ぬ、死ぬ、と絞った声うめきながら、少しでも日光を避けるため、電柱が作り出すか細い影に入り、信号機に張り付けられた南無阿弥陀仏の張り紙を見ていた。

 

 

「とりあえず、朝ごはんでも食べようか」と僕は、電柱の影から言った。

 

「そうですね。ていうか、暑いですね......」

 

田中も暑さに気が付いたようだが、僕に比べたら、まだ暑さに耐えられているようだった。できる限り影の中を歩く。これは生死にかかわる行動判断である。

 

 

台湾の朝食には豆乳を

Googleマップで探した台北駅近くのちょっとした定食屋っぽい店に入った。朝から人でごった返しており、薄着のおっちゃんおばちゃんが激しい注文合戦を繰り広げていた。これは、しまったことに、かなり現地向けの店だったのかもしれないと思った。しかし、目下、体力的に、陽射しの下に出ていくことは難しいように感じられた。

 

僕は、注文票を取り、とりあえず蛋餅と豆乳をひとつずつと記入し、壁となっているおっちゃんおばちゃんの隙間から腕を伸ばし、その紙を店員に差し出すことに成功した。僕の注文闘争の横で、田中は眠そうに目をこすっていた。

 

若い店員がこちらを見るでもなく、「ワイダイ、ネイヨン」と叫んでくる。台湾にはコロナで、5年くらい行っていなかったので、いったい何のことだったのか一瞬わからなかったのだが、すっと記憶が戻ってきて、テイクアウトかどうかを聞いているのだと分かった。ネイヨンと答えると、店員は。調理を始めたようだった。

 

 

蛋餅は、もちもちした小麦粉の生地と卵などが一緒に焼かれた、台湾の簡単朝ごはんである。シンプルながら、適度な塩気でまさに朝ごはん向けの食べ物という感じだ。

 

「シンプルだけど、わりとうまいですね」

 

「そうだね。台湾はいわれてみるとシンプルうまい系のものがけっこう多いかもしれないね」

 

「へえ、僕は台湾始めてなので、その辺全然わからないんですよね」

 

台湾に来たのだなあ。近い国なのに、コロナで随分と遠くなっていたなとすこし感慨深いものがあった。やさしげに白い豆乳を飲んだ。ほのかに甘い。疲れているときは、牛乳より豆乳のほうが軽めな味わいでよいのかもしれないなと思った。体に栄養が回ってきているのを感じた。

 

「わりといい店だね」と僕が言うと田中は「そうですね、わりといい店ですね」と答えた。人間は疲労や睡眠不足に陥ると会話の質が著しく落ちるものである。

 

昭和天皇が愛したらしい、八寶飯

台湾が初めての田中は、まず博物館を見てみたいとのことで、暑いところでないのであれば、まあどこでもよいというメンタルになっていた僕は、Googleマップで適当に検索し、比較的近くにあった国立台湾博物館に行ってみることにした。

 

 

僕は、当時皇太子だった昭和天皇が台湾を訪れたときに一番好きだったらしい八寶飯を眺め、こんなものが陳列されているのか......と一応記念に一枚写真を撮った後は、ずっとベンチで休憩していた。前日熱中症になった代償は大きそうである。

 

太子最愛

 

その時に使われた食器らしい。

 

田中が一通り見終わって帰ってきた。

 

「なんか、昭和天皇が食べたごはんなるものがあったね」

 

「ありましたね、あれ食べてみたいですね」

 

「そうだね、食べられそうだったら食べてみようか」などと会話していたものの、意外と食べられる店がないらしく、検索してもぱっと見つけることができなかった。

 

 

「どう、ほかに何か見たいものとかある」

 

「総統府です」

 

「あ、総統府ね......」と答えながら、僕は、あんな!暑そうな!ところへ!行くんですか!と心で叫んでいた。しかし、まあ、台湾に来たら必ず行くスポットであり、初めて台湾に来た田中が行きたいというのであれば、基本的に行くべきだろうと、僕は「そうだね、あそこね、うん、まあ、そうだね、行こうか」と微温的回答をした。

 

田中は「じゃあ、行きましょう!」と元気を取り戻しつつあった。品行方正な公務員田中は、公務員であることも影響しているのか、こういった公共の建物が好きなようであった。

 

僕は、「いやちょっと待って!」と、歩き出した田中を引き留め、速やかにタクシーを確保した。直感的に、総統府まで歩いていたら死にそうだと思ったのだ。

 

冷房がガンガンかかったタクシーに乗り込み、一息ついたら総統府に到着した。

 

 

僕はもう二回くらい見ているので、まあ確かに立派な建物だなあと思いながらも、特に感慨もなかったのだが、田中は、「おお、いいですねえ!これはいい!」と写真をパシャパシャと撮っていた。僕は、暑い!暑すぎる!とそろそろもう写真はいいんじゃないかな?オーラを放ち、速やかに撤収が行われることを祈った。

 

「じゃ、そろそろ行こうか」と告げ、タクシーを探した。暑すぎて汗がすごく、また、倒れそうだったのだ。街中を歩いていると、タクシーなんていくらでも見かけるのだが、こういうものは、来てほしい時に来てくれないものなのだ。僕は、意気消沈しながら、白昼好天のもと、五分ほどタクシーを待つことになった。

 

佳興魚丸店のサメのつみれ、おいしい

「やばいよ、暑すぎないか」

 

暑いとうめきながらタクシーに乗り込むだけのブログとなりつつあり危機である。僕はやっと乗り込めたタクシーの中でぐったりしていた。

 

「そうですね。しかし、総統府はなかなか良かったですね。歴史を感じさせる意匠でしたね」と田中は初めての台湾に満足しているようだった。

 

「いや、しかし、暑いよ」

 

「そうですね、暑いですねえ。今日はすごいですね」

 

タクシーの外は暑さでギラギラとしていた。

 

「そろそろ昼ご飯でも食べるか」

 

そういえば、泊まる予定のホテルのそばに、昔いったことのある、好きな魚肉のスープ屋があることを思い出し、タクシーの運転手にそこの角で止まってくださいと告げた。

 

佳興魚丸店

 

席はちょろちょろ空いているようだった。

 

 

店の外では、つみれがぐつぐつと煮込まれていた。時々店のおっちゃんがでかお玉で鍋をかき混ぜる。なかなか壮観である。この真っ白なつみれはサメの肉であるらしい。

 

 

「これがうまいんだよ」と僕は、机に手を乗せ、2回しか来たことないのに、さも常連であるかのように、田中に語った。

 

「へえ、そうなんですね」と言って田中はさめのつみれを食べた。「え、これおいしいですね!身がふわふわですね」と興奮気味に語った。

 

 

「これは、サメのすり身に豚肉の餡が入っているんだよ。ふわっふわの身の中からじゅわっと旨味のある肉が出てきて、とにかく最高なんだよ」

 

「サメですか。サメってこんな感じなんですね。いやあ、これはいいですね。台湾はいいですね」

 

つみれもおいしいのだけど、スープに散らされたセロリがふわっと香って、ああ、いいなあと思った。田中も台湾を好きになったようでよかった。

 

 

ホテルへ向かう。

 

 

ホテルについたら、びっくりした。外観がボロボロなのだ。たしかに、台北で最安クラスのホテルだったのだけれど、外壁が奇妙にぺりぺりはがれていて、思ったより古めである。やや、びびりながら入っていったのだが、ホテルの部屋はリノベーションされており、普通にきれいだった。見かけによらないものである。

 

 

旅行中でも寝る、なぜなら眠いからである

二人とも、早朝というか深夜に近いような飛行機で到着したので、ホテルで「疲れたね、しかし、意外ときれいでよかったね」などと会話をしていたら、すぐ意識がなくなり、起きたら夜になっていた。田中も爆睡していたらしい。

 

「めっちゃ寝た」

 

「やばいですね、寝ましたね」

 

夕飯を食べようと声をかけホテルを出た。ガチョウ肉を食べに行ってみたいなと思っていたので、そこを目指すことにした。僕は、静けさと騒がしさがまじりあったような感じのする台湾の夜が好きである。暑さがひいて過ごしやすい。だんだんと人が多くなっていく。

 

 

夜市を抜けていく。

 

 

ガチョウ肉のローストとその油がかかった米を食べる

阿城鵝肉に到着した。店の前には15人くらい客が並んでいた。ここのガチョウの肉がおいしいと聞いてきたのだけど、やはり人気店のようだ。待機システムがあるようだったので、それに入力をして、近くを散歩することにした。

 

 

近くの公園に向かった。20分くらいしゃべっていた。「彼は最近なにしてるの」「よくわからないけど元気みたいですよ」「元気ならよかったね」「時々連絡をするんですが、たまに返事がきますよ」「それはよかった」「みなそれなりに元気にしていますね」「そうだね」

 

スマホを開くと、のこり二組とシステムに表示されていたので店に戻った。

 

 

周りをさっと見回し、皆が何を食べているのか観察し、よさげなものを注文する。台湾ビールと高山烏龍青茶というのがあったのでそれも頼んでみた。台湾ビールは、まあ、知っている味なので普通においしかった。

 

ついでに注文したこの茶が想定外においしかった。

 

 

よい甘味と香りがあり、ごくごく飲みたい感じのさわやかで中華料理っぽいものを食べるのにちょうどよいバランスだった。また、冷たさがお茶のうまみを感じさせるちょうどいい温度で、ビールをそこそこにお茶ばかりごくごく飲んでしまった。

 

 

そして、これがガチョウ肉である。ガチョウの鳥っぽいうまみを濃厚に感じさせ、それはとても心地よいものであり、気を緩めたところにいい塩梅のスモーク香がくる。食感もしっとりしていて、抜群においしかった。これは人気になるわ......と思った。

 

 

タレもいろいろなバリエーションがあって食べ飽きない。

 

 

「なにこれ、めっちゃうまいね。米にもガチョウの油がかかってて、スモーク肉と合わせて食べると完璧にうまいぞ」と僕はガチョウ肉をモリモリ食べた。ため息をつきそうになった。米の上のゴマまでいとおしくなってくる。そういうタイプのおいしさだ。

 

「いや、ほんとおいしいですね。これは完璧に店選び成功でしたね。昼も完璧だったのに、夜も完璧でしたね」やや高い声の田中は普段より10%ほど高い声でガチョウ肉をほめたたえた。

 

 

「今日、旅行にしては、寝てばかりだったけど、成功の一日だったといえるんじゃない」

 

「これは、完全に成功ですよ!」といって、田中はうまそうに茶を飲んだ。そう、この茶はごくごく飲ませる茶なのである。

 

アサリのスープも、刻みショウガがふんわりとひろがり、いい味わいだった。

 

タケノコの水煮。肉ばかりだと食べつかれるので、こういうのがあるのもよい。

 

隣の席も日本人だったのだけど、小金持ちっぽいおじさんが、なんでここのスタッフはメニューを持ってこないとぶちぎれていて、そんなちょっとしたトラブルが嫌なら、海外旅行来なければよいのにと、食べ終わったら、そそくさと退散した。いい気分だったのに、まさか日本人に気分を害されるとは......

 

台湾ウィスキーカヴァランの直営のバーで

 

「あのおっさん、マジやばかったね」

 

「いやあ、恥ずかしいですね......」などと会話して、夜の街をそぞろ歩いていた。

 

「さっきの店で、結果的に茶ばっかり飲んだし、少しだけ飲んで帰る?」

 

「そうですね、なんか、いい店ありますか」

 

僕はGoogleマップを開き、行きたい店のリストを見ると、ちょっと歩いたところに、台湾のウィスキーカヴァランの蒸留所が公式にやっているバーがあるのを見つけた。

 

台湾の図を押すと扉が開く仕組みになっているらしい。5人ほどがバーの前で席が空くのを待っているようだった。僕たちも、この後なんの予定があるわけでもないので並んで待ってみることにした。

 

 

15分ほど待っていると中に入ることができた。入口すぐのところに、ウイスキーの樽うが並んでいる。この樽から直出ししたものを飲めるようだ。

 

 

そんな感じで、ウイスキーを飲んだのだけど、肝心の味がどんなものだったのか完全に忘れてしまった。まあ、台湾に行ったのがそもそも半年近く前なので、仕方ないことなのだが...... あと、単にウイスキーの感想を書くのは難しいということがある。好きだし、おいしいのだけど、深く理解するには、いろいろ勉強が必要だろうなと思う。

 

 

電車に乗って、ホテルまで帰る。ホテルの周辺はとても静かだ。

 

「いやあ、今日はよかったですよ!」台湾が初めてだった田中は大変満足したようだった。

 

「あの、ガチョウの店よかったよね。お茶もうまかったよなあ」

 

「うまかったですよね。台湾はいいですねえ」

 

「そうだよ、台湾はいいんだよ」

 

 

とか、そんなことを話しながら夜道を歩いた。

 

「お茶といえば、コンビニに売ってるお茶も結構おいしいんだよ」

 

「え、それは飲みたいですね」

 

 

途中にファミマがあったので買ってみた。これが、また普通においしい。ごくごく飲んだ。たぶん、僕が外国人で、日本に来て、伊右衛門とか生茶とか飲んだら、ああ、おいしいと思うんだろうなと思った。人間、普段接しているものの価値というのは客観的に見えなくなるものだ。よそ者がぱっと来て、美味しいなと思うことが正しい判断なのかは、それはそれで、わからないのだが。

 

田中は、まじめな手つきでふたを開けていた。ペットボトルのふたをまじめに開けるとは何なのかと思われるかもしれないが、立ち止まり、バッグを背中で整え、すっとまっすぐ前を見て、ペットボトルをしっかり縦に持ち、ゆるやかにふたを開けていたのだ。こういうふとしたところに人間性というものが出るものだ。

 

 

朝食に、肉・ゆで卵おこわを食べる。大橋頭米糕。

めちゃくちゃ寝た。チェックアウト時間ギリギリに起きた。以前行こうとして行けなかったおこわの店が比較的近くにあったので行ってみることにした。

 

 

大橋頭米糕という店だ。おこわのうえにチャーシューとゆで卵が乗っている。これをすこし崩して、おこわといっしょに口に運ぶ。あさごはんにちょうどいい、油が重すぎない程度におこわをまとって、素朴なおいしさがある。

 

形のなんか、ちょいんとしていて楽しい。

 

カキのスープも注文した。これはまあまあだった。朝ごはんにはちょうどいいかもしれない。

 

 

道端のオレンジジュースおいしい

今日は、国立故宮博物院に行く予定にしていた。やはり、初めて台湾に来たのなら一度は行っておくべきだろう。それまでのあいだ、すこしお土産などを買いがてら、台北の街をぶらぶらした。

 

 

迪化街のあたりを歩く。この頃はまだ日本人観光客があまり戻ってきていないようだった。コロナ前は、右を見ても左をみても日本人というような状態だったので様変わりである。

 

 

街角に生絞りのオレンジジュースがあったので、買ってみる。

 

 

おいしい。ここらへんで、少し別行動をして、お互い、買い物タイムに突入した。

 

 

茶もおいしい

一時間ほどで買い物を終えて、田中と再集合した。まだ、国立故宮博物院に行くには少し早かったので、お茶でもしようと、南街得意という店に入った。ここは台湾茶が飲めるお店で、茶葉のにおいを確認しながら注文をすることができる。

 

 

二人でそれぞれ冷たいのと温かいのを注文し、茶が入るのを待った。二階のお店なので、静かな感じである。

 

「明日は、どうするの」

 

田中は、もう一泊する予定になっていた

 

 

「そうですね、今のところあまり決まってないですね。九份にはいってみようかなと思っていますが」

 

「初めて来たのならぜひ行ったほうがいいよ。そういえば、そっちのほうに岸田首相の一族が昔やっていた呉服屋の建物が残っているらしいよ」と僕は、数日前にネットで見た記事を田中に見せた。

 

岸田首相の曾祖父がかつて基隆で経営していた呉服店の建物が現在でも残っている!-基隆市×観光スポット|もっと台湾

 

「へえ、そんなものがあるんですか。ていうか、岸田首相って、台湾にゆかりがあったんですね」

 

田中は近代史に関心があるので、興味を持ったようだった。

 

「なんかどうもそうらしいよ」

 

田中は実際に、翌日、岸田首相一族の建てた建築物を見に行ったらしい。とかなんとか他愛ない会話をしていると茶が来た。

 

なにせ暑いので、一気に飲んでしまった。

 

ドライフルーツもナッツもとてもおいしかった。

 

大きなガジュマルの木の下で我らスープをすするのだ、大稻埕慈聖宮

昼ご飯を食べに、大稻埕慈聖宮へ向かった。ここの排骨湯がおいしいと聞いたことがあり、飲んでみたいなと思っていたのだ。台湾の人たちがたくさん集まり、昼から威勢よく酒を飲んでいた。いい!これはすばらしい酒場だ!おそらく信仰の場なのだろうけれど、みな、快調である。

 

 

結構な込み具合で、席が全く空いていなかった。よく見ると、各テーブルに店舗名が書いてあり、どこでも座っていいということではないようだった。僕の食べたい排骨湯の店のテーブルもやはり空いていない

 

「空いてないですね」と田中はきょろきょろとあたりを見回した。

 

僕は、前方斜め45度、15メートル先のカップルが、食器を片付ける動作に入った瞬間を瞬時にキャッチした。

 

「あそこだ、あそこ」と田中の肩をたたき、二人で小走りでテーブルへ向かった。小走りで接近してきた僕たちを横目で見て、カップルは、どこかへ去っていった。

 

僕たちは無事、席を獲得し、あとは排骨湯を注文するだけとなった。

 

しかし、店の前には10人ほど客が並んでいた。そして、今、ここは、真夏の台湾である。僕は、「田中くん、よろしく!」と言った。田中は「え、僕ですか」と明らかに嫌そうであった。そう、僕は先輩ではあるのだが、びっくりするほど、まるで権力がないのだった。

 

「いや、まさか、田中くんにずっと並んでほしいと言っているわけではなくて、途中で交代するんだよ」というと、田中は列に並びに歩いて行った。ていうか、僕は、前々日熱中症になった後遺症で、いまでも、すこし、体がときどきゆらっとする瞬間があって、普通に体調がよろしくないのだった。

 

しかし、律儀に途中で田中と順番待ちを交代し、排骨湯を待った。店はガジュマルの木の下にあって、大きな影が陽射しを遮っていたので、死ぬほど暑いというわけではなかった。というよりむしろ、大型の扇風機などもあり、並んでいるほうが涼しい可能性すらあった。

 

 

排骨湯に加えて、魯肉飯を注文した。店主の女性は、注文をとると、くるりと後ろを向いて、何万回と繰り返したであろう手さばきで、椀にスープを注いだ。

 

 

ガジュマルの葉から漏れる陽がゆらゆらと揺れていて排骨湯はなんとも神聖な食べ物のようだった。椀は、シンプルだけど、これで完結している料理である自信を感じさせた。大ぶりに切られた豚バラは変にかたくも柔らかくもなく、肉だなあという感じでよかった。なんか、こんなところで、とろっとろに柔らかくても興ざめではないか。

 

 

「おいしいね、これ。シンプルだけど、なんというか、いいよね」

 

「そうですね、台湾きてから、食べ物はかなりいい感じですね」

 

「だよね、いい感じだよね」

 

スープは味付けもシンプルだけど、暑くてもおいしさを感じられた。

 

そしてこちらは、きわめてシンプルな魯肉飯。

 

 

見上げるとガジュマルが大きく枝を広げている。小さな肉のつぶと米をかきこむ。スープを飲む。肉のおいしさが別の方向からやってきたところに、大根をかじる。口の中で繊維がほどけて、かすかに青い香りを残す。扇風機は大きく首を振っていて気まぐれにこちらを向いて風を送ってきた。

 

旅行をしていて、何かを食べるとき、美味しいかどうかだってもちろん大事なのだけど、こうして賑やかな広場でざっと大衆食を食べるのがなににも代えがたい経験であるように思うのだ。

 

 

田中が「茶を親に買って帰らねば」というので茶葉の店による。店の前から出ているバスが待っても待っても来ないので、タクシーを捕まえて国立台湾博物院に向かった。

 

 

白菜の彫刻で有名な国立故宮博物院である。たぶん、三回目だ。

 

 

歴史が好きな、田中は、あっという間に僕の視界から消え、どこかで何かを熱心に見ているようだった。僕は、来たことがあったので、気になるところだけ見て回った。とはいっても何年も来ていないわけで、ほとんど何も覚えていなかったのだが......

 

吉祥喜金剛集輪甘露泉がめちゃくちゃかっこよかった。なんだこの色は!

 

ぐるっと回って、最後は、中華文明の残した工芸品の展示だった。僕は、ここで中華文明のレベルの高さのぶったまげた。これを紀元前4-5世紀に作っていたというのである...... 精工すぎる。

 

 

wine vesselと書いてある。これに酒を貯めていたということなのだろうか。

 

 

これもまた、驚きである。文明のパワーだ......

 

 

田中が近くにいるのが見えた。「すごいよ、これ紀元前だよ!」などと素朴な感想を告げた。

 

歴史に詳しい田中はそりゃそうですよといった感じで「まあ、日本とは歴史の長さがちがいますよ」と言った。

 

僕は、たぶん何回も上記の展示を見ているのではないかと思うのだが、改めて新鮮に驚いた。忘れっぽいので、こうしてなんでも新鮮に驚いてしまうのだ。

 

ついでに白菜も見た。まあ、白菜だなと思った。もちろん気のせいなのだが、前回見たときより大きくなっているような気がした。


 

国立故宮博物院は、もう行かなくてもいいかなと思っていたけれど、数年に一回くらい行くと、新鮮に楽しいことが分かった。

 

帰国のフライトの時間が少しずつ近づいていた。時間に余裕がすごいあるということでもなかったので、タクシーで市内に戻った。タクシーを降りたら池袋があり、どこへ来たのだ、と思ったのだけど、あたりを見回せば、間違いなく、ここは台北であった。

 

 

緑のスープは宝石のよう、人和園

台湾最後の夕飯だ。というかこの1週間近くの旅行の最後なのだと思うと感慨深かった。行ってみたいなと思っていた、人和園という店に行ってみることにした。ここは日本人観光客に大変有名な店らしいのだが、最近移転したとのことだ。まだ18時くらいだったので、いくら人気とはいえ、さすがに入れるかなと思って突撃した。

 

 

しかし、店は大変な盛況で、ほとんど席が空いていなかった。

 

「予約はしてますか」と日本語で聞かれた。日本人がわんさか来るらしいことがわかる。

 

「していないんです」と僕はここに行けないということがあればそれはとても残念なことなのだというような感じで言った。

 

「すこし待ってくださいね」と言って、スタッフは別のスタッフと何かを話始めた。ああ、ダメなのかなと思ったいたら「一時間だけでよければ大丈夫ですよ」と言って席に案内してくれた。これは大変運がよかった。

 

「ラッキーでしたね」

 

「すごい人気なんだね。こんな時間から満席とは」

 

生の台湾ビールなるものがあったので注文してみた。おいしい。

 

「お客さんたち初めてですか」とベテランっぽいスタッフの人が話かけてきた。「はい、初めてなんです」と答えると、「これとこれとこれがおすすめですね」と教えてくれたのでそれをすべてオーダーした。

 

エリンギの素揚げ?的な料理。シンプルだけど、キノコのうまみが適度な塩気でよく出ている。酒のあてとしてかなりよい。ちょっと干からびた感じのしょっぱいものと、酒の組み合わせは素晴らしいものである。

 

 

スナップエンドウの豆スープ。鳥出汁の中で、まめの皮がぷちぷちっとはじける。植物界のいくらじゃん......と感激した。粒がやたらとそろっていて、緑が見目うるわしい。

 

 

「きくちさん、台湾に来てから美味い物しか食べてないですね。これは完全にあたりですね」と田中は感動していた。

 

「今回の台湾は本当にどれもおいしかったね。運がよかったね」

 

「そういえば、日本人客全然いないですね」

 

「たしかに、移転したばかりだからなのかね」

 

エビのすり身とささげを揚げた料理。

 

「これも、酒飲みたくなるね」

 

「いいですね、うまいですね......」

 

 

最後は米だ!ということでチャーハンを頼んだ。大満足だ。1時間だけだったので、かき込むようにしてチャーハンを食べて、会計へと急いだ。

 

 

満たされた表情で、僕は財布を開いた。今日一度お金をおろしていたはずなのに、なんと、台湾の紙幣が一枚もないのだ。

 

「やば、台湾ドルがない」

 

「え、僕ももう持ってないですよ」

 

「どうしよう」

 

「どうしようと言われてもないものはないですよ」と公務員的すげない回答をされ、僕はおろしに行かねばならぬか、ていうか、なんでないんだ、盗まれたのか?と、カバンに財布を戻し、落胆していると、スタッフの人が「もしなければ日本円でもいいですよ」と言って、だいたいこれくらいだろうという金額を計算してくれた。

 

日本人客に慣れているんだなと思った。なんとよい店だろうか。予約さえ取れれば完璧な店である。僕は、本当にすみませんと言って、日本円で会計をした。

 

人和園が1時間制限だったこともあり、空港に行かねばならない時間までまだ少し余裕があった。

 

限界間近の水餃子

「どうする、なんか食べる」

 

「そうですね、でもまあまあお腹いっぱいですよね」

 

「そうだよね」とか話をしていると目の前に水餃子屋が現れれた。店先でぽてっとした餡がきゅきゅっと皮に包まれていた。それはなんともそそられる光景であった。店員がはいはい、入って入ってと勧誘してきた。

 

ぼくと田中は「行くか」「そうですね」とついさっきまでお腹いっぱいだとかなんとか言っていたのに店に入ることにした。

 

 

餃子はすぐゆであがった。皮がもちもちしている。しかし、現実は現実で、僕たちはやはりお腹がそこそこいっぱいであった。3つくらい食べたらもういいかなという気持ちになってしまった。しかし、また、台湾にも何年も来れないかもしれないのだなと思い、心を無にして食べることにした。

 

 

スタバの阿里山蜜柚烏龍青茶

空港に行く電車に乗るまで残り40分くらいだった。スタバに入って時間をつぶすことにした。僕はスタバのおしゃれ感がやや苦手で、日本にいる時は、自らの意思で入店したことはおそらく人生で一度しかないのだが、なにごとも試してみるもので、台湾のスタバにだけあるらしい、阿里山蜜柚烏龍青茶という茶が抜群においしかった。

 

旅の終わりに、ここ数日のことを思い返そうとしたのだけど、ホーチミンなんてもはや1年近く前の出来事のような気がした。熱中症になって以降の記憶がぼんやりしている。とにかくやたらと寝ていた気がする。アジア諸国をめぐってひとつ分かったことは、どこもかしこもめちゃくちゃ暑いということであった。

 

帰ってまた労働に勤しむ日々が始まるという過酷な現実が頭に去来したが、何も考えないことにした。

 


田中は疲れたのか腹がいっぱいなのか、すっかり静かになっていた。コンセントがあったので、スマホを充電した。「なにこれおいしいな」と一人つぶやき、無駄に細いストローでもくもくと茶を飲んだ。柑橘が甘く酸っぱく口に広がる。スタバも悪くないなと思った。


「じゃあ、明日も楽しんで」

 

「岸田一族の建物行ったら報告しますね」と言って田中は来た道を去っていった。奇妙な別れの挨拶である。僕は空港に向かうため歩き出した。駅の地下道では、ダンスサークルの若者たちが、軽快なステップで踊っていた。