それは友人の結婚式前夜だった。式場は、香川県は高松市で、金曜に有給が取れたので、前日に高松入をしていた。大学の先輩も結婚式に出るというので、神戸で落ち合い、高松までバスで移動した。
高松は少し肌寒く、少しばかり雨が降っていた。薄着できてしまったので、風が吹くとひゅっと鳥肌が立った。
先輩とも久しぶりに会ったので、早い時間から飲みに出ることになった。1軒2軒と快調に飲み歩き、3軒目にカウンター形式のちょっとしたバーのような店に入った。静かな店で、静けさとシュールさを足して2で割ったようなマスターが、ハイボールを作ってくれた。
「最近忙しくてね。週休3日という点ではいいんだけどね、ただ、忙しいといえば忙しいんだよ」
週休2日の僕は「なるほど……」と相槌を打っていると、薄暗がりのカウンターの端から50代後半くらいと思われる女性が突然「旅行ですか」と話しかけてきた。
先輩は手を軽くあげ、おかわりを頼みながら「いや、友人の結婚式で来たんです」と答えた。
「それはいいですね。会場はどのへんなんですか?」
「いやもう、ここから歩いて3分くらいのところなんですよ」
「あ、あの大通りのところ」
という会話が如才なく続けられていた。
先輩が「この辺になにかいいお店あったりしますか」と聞くと、女性が薄暗がりの端から、「いいお店ね…そうですね…いいお店」とひとしきり考えて「あ、ディスコがありますよ」と言った。
店を出た。安いウイスキーを飲んだのに、会計はやたらと高めであった。僕と先輩は、もしかしてこれは、ぼったくられたのか?と小雨が降り続く高松の夜に気炎を吐いた。
「なんでこんなに高いんだ?チャージが1500円くらいするのか?」
「観光客だから、やられたんですかね…あれ安いウイスキーですよね」
「これはやられたね」
やはり雨がしとしとと降っていた。雨宿りがてらもう一軒行くことにした。怒りのまま骨付鶏を食べた。コリコリして塩気が強く酒にあう味だった。
その時点で四軒目で、何やら曖昧なるままとなり「うまいですね」「うまいな」というような無の会話が続いた。ボッタクリにあったことによって、このまま終わるのも少し癪なのではないかと思い始めた僕は先輩に言った。
「ディスコ行きますか」
「ディスコ?ディスコってなんなの」
「いや僕も詳しいことは知りませんよ」
「うむ、ディスコ…」
では、行きましょうと行って店を出た。歩いて数分のところにディスコはあった。中が見えないタイプの扉でじゃっじゃっじゃと音が漏れていた。
ディスコというと、かつての若者たちが懐かしさを味わいに来ているのか、はたまた、現在の高松の若者たちがずんちゃずんちゃしにきているのか、どんな感じなんだろうと逡巡しながら扉を開けた。
ピンクなんだが紫なんだか青なんだかわからないライトがあちこちに乱反射し、天井ではミラーボールがくるくると回っていた。
ホールはがらんとしていたというよりも、誰もいなかった。DJブースでは白髪交じりのファンキーな中年男性が一人肩をずんずんと揺らし、空洞と化したディスコの中央でビートを刻んでいた。
先輩がすかさず、おいこれどうするんだよという視線を向けてきた。僕はそれを横目に感じつつ、まあしかしとりあえず入ってきてしまったわけだし、行きましょうかと、中に進んでいった。
カウンターにスタッフの人がいて、え、なんか来たぞというような反応を浮かべたあと、システムの説明をしに来てくれた。2000円だがそれくらいで、ドリンク券が2枚つく、とかそんな感じだったようなおぼろげな記憶がある。
とりあえずハイボールを頼み、席についた。今日はハイボールばかり飲んでいる気がする。古典的にも、ディスコでは君の瞳に恋してるが流れていた。
"アイラービューベイベ、クワイオーライ"
我々の状態としては、あまり、オーライではなかったのだが、とりあえずハイボールをすすりのんだ。人のいないフロアを見やると色の濃いライトが空間をびゅんびゅんと飛び交っていた。
入ってきてしまったわけだし、中でも見て回るかと、フロアの奥の方に歩いて行くと、壁が一面ガラス張りになっていた。そのガラスの前で、50代後半くらいの女性がうつむき加減に、か、か、か、かと鷹揚なステップを踏み、くるりと回ってハンドクラップをした。きっと全盛のときにディスコに通っていたのだろうなと思った。その様は意気揚々という感じではなく、アンニュイでなんか気だるそうな、しかし楽しくない訳ではなさそうな、そんな大人のダンスだった。
それはまさにディスコであった。女性は左右に体を揺らし、ボックスステップを踏み、腕を振り上げては指を指しながらゆるやかに腕をおろしていく。その晩、ダンスフロアは高松のクイーンに支配されていた。
後ろで、ダンスを見ていると、高松のクイーンは鏡越しに僕を認知したのか、ちょろっと後ろを向いて、特に気にせずまた踊り始めた。僕は、高松のクイーンに感化され、とりあえず、ステップを真似て四方に足を動かした。先輩がなんだなんだと、混ざってきた。クイーンを先頭に、僕と先輩が後ろで謎のステップを踏んだ。
DJがマイクでどこから来たんだあああああああい?と声をかけてきた。結婚式で、埼玉から来たんです、と告げると、DJは「お友達の結婚式、おめでとおおおおおおおおおおおおおおおう」とマイクで叫んだ。まさか新郎の後輩もこんなところで叫びながら祝われてるとは露ほども思わないだろう。
僕はとりあえず、あっているのかもよくわからないほつれたディスコステップを踏み続けた。先輩も、壊れかけの機関車のように、三歩進んで二歩下がるみたいな行動をしていた。ゴダイゴが流れ始めた。
”さあ行くんだ その顔を上げて新しい風に心を洗おう”
DJは「はじめて会って、こんな楽しい夜があるんやのおおおおおおおおおおう」と叫んだ。方向が正しいのかは別として、アツい夜であることは間違いなさそうだった。何かの儀式のように高松のディスコで、クイーンと後方の傭兵2名でトライアングルを形成し、夜は瞬く間に更けていった。
再びDJがマイクで「結婚、結婚おめでとおおおおおおう」と叫んだ。なんか、先輩とも結婚式に出る後輩とも10年の付き合いだけれど、そうか、もう、みんな結婚したんだなと思った。結婚式に高松で集まって、ディスコに行くというのは10年前の僕たちにとっては希望なのかどうか……
学生の頃と何も変わっていないような気もするが、著しく色々なことを失ったような気もする。皆等しく歳をとってしまった。しかし、前をゆくクイーンのダンスを見ていると歳を取るのもそんなに悪くないぞとかそんなような気分になるのだった。
大滝詠一が流れたあたりでディスコを後にした。
先輩は、次の朝、結婚式だというのに、湿疹が出て、倒れて起きてこれなくなった。やはり、そうなのだ、色々なことを失ったのだと思った。(式にはなんとかやってきた)